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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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24 ゾンビ


 流れ続ける血、抉り取られた心臓。

 その瞳は、死者のそれだった。

 生前の彼女と話してまだ数十分というに、同情等の気持ちはまるで湧き上がらず、ただただ「ゾンビかよ」と思った。倫理観が巴ちゃんと同レベルなんじゃないかと、自分で自分を疑っちまう。

 動く死体は立ち止まった。首をコロコロと揺らす。

 心構えが整う前に、死体はお姉さんに飛びかかった。

 喉笛を食いちぎる。大量出血。俺にもかかる。

 うわあ。瞼のシャットが間に合わなかった。視界が赤に染まる。

 赤は、血の赤。赤の亜人。

 掌の赤玉から、波動エネルギーを纏おうとした。


「やめなさい!」


 お姉さんが叫ぶ。ビクリと、反射的に硬直した。

 怪我などないかのように、お姉さんは豪快に死体を振り落とす。丈夫な人だ、いや、あまりにも丈夫すぎないか?

 お姉さんは自らの手で、食いちぎられた傷をサラリと撫でた。

 傷口がなくなり、元の綺麗な肌に戻った。

 時が戻ったかのようだった。驚きに言葉も出ない。口が半開きになる。顔にかかった血が垂れて、舌にいっぱいの鉄味が広がった。不味い。


「浜世が見ています」「っ……!?」

「隠れましょう」


 腕を掴まれた。引っ張られて連れられる。

 女子トイレとは反対の方角に逃げる。扉が勢いよく閉まった。


「ここは」「演奏者の控え室ですね」

「VIPだなあ」「プロ用です」


 中高生たち用のスペースは別にあります、とお姉さんは続けた。現実逃避の呑気な感想にわざわざ返事をさせてしまって、申し訳ない。

 眉間を揉みほぐしつつ、(かぶり)を振るお姉さん。


「あんな素人たちでも、死体を見守るくらいは出来ると思ったんですけれども。あちら(・・・)が手薄になりますが、海江田か佐渡を使うべきでしたか……」

「お姉さん。あなた、何者なんですか?」

「占い師兼とある政府機関のエージェントでございます」


 眉を歪めた。占い師であることも、とある政府機関のエージェントであることも共に、俺の力を知ってる理由にも、「浜世」を知ってる理由にも、大怪我が一瞬で治る理由にもならない。

 お姉さんは目を細めた。瞼の小さな隙間から覗く瞳は、剣呑な光を帯びているように感じられた。踏み込むなってことか?

 一抹の不信感を覚えた。この人、何かを隠している? 重大事項ってヤツを。

 まあいいか。先に尋ねるべきことがある。


「どういう原理で、死んだ人間が再び動くというのですか?」

「私が答えを知っているとお思いで? はい、知っています。寄生型エギンに取り憑かれたのでしょう。昊刃くんが考えたこと、当ててみせましょうか? 『体は軽くなってないのに、なぜエギンが?』でしょうかね」


 事情通だ、このお姉さん。

 誤魔化すために笑った。相当ぎこちなかったと思う。


「エギンには寄生型もいるんですか?」

「いますよ。住み着くんです。脳に」

「恐ろしいですね。亜人(おれ)の体が軽くなってないのは?」

(ウロ)が開いて、それを通ってこちらに来た個体じゃあないということです。あの少女に入っているのは、持ち込まれた養殖産なのです」

「養殖産ですって?」「はい。天然産の、対義語の」

「育てられるものなんですか、エギンって。まさか近畿大学がまたもや」

「マグロじゃありませんし。浜世家は昔からやっています」

「やはり浜世……」

「いえ。彼らがここでゾンビを作るメリットなどないはずなのですが……」


 ノリで「やはり」とか言っちゃった。恥ずかしい。

 お姉さんは黙考し、コメカミを二回叩いた。


「ここに至って、新しい勢力が出て来ました?」

「俺に聞かれても。答えかねます」「でしょうね」


 なんだろう、この、他人から全然期待されてない感。良きだね。女の子三人のボスというポジショニングが、いつの間にか重圧になっていたのかもしれない。本質的にリーダータイプじゃあないんだよな、俺。

 白西の椅子くらいがちょうどいい役職なのだ。

 彼女はこう続ける。


「だからこそ、寄生型エギン(ゾンビ)の出現を、彼らは不審がるはず」

「調べに来るってことですか? だから浜世が見ていると」


 お姉さんが二本の指で、手袋の上から、左掌の赤玉を抑えた。言いようのない感覚が、全身を駆け巡る。

 耳元で囁かれた。


オイタ(・・・)をしてはいけませんよ。昊刃くん」

「は、はい……」


 近い。ふわあ。いい香りだ。

 そして、亜人とバレるようなヘマをするなと、釘を刺された。しかしそもそも、どうしてこの人は俺が亜人だと知っているのだ。左手の赤玉だって。

 お姉さんの前で、ヘマをした覚えはないのだけど。

 そう言えばこの人は、初対面の時も、二回目に会った時にも、俺を「帝国に連なるお方」と呼んだ。それが亜人を指す言葉なのか? 帝国とは? その帝国と亜人に、いったいなんの関係が?

 手を掴まれた。ドキリとする。白西という人がありながら。このお姉さんは危険すぎる。デンジャラスねーさんだ。


「浜世の種が芽吹きました。隠れたままは悪手です。ついて来て」


 流されるまま、歩き始める。

 控え室を出た。見たことのある球形が、廊下をふよふよと漂っている。

 身構えた。海のアレ。鈍色バブル。


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