24 ゾンビ
流れ続ける血、抉り取られた心臓。
その瞳は、死者のそれだった。
生前の彼女と話してまだ数十分というに、同情等の気持ちはまるで湧き上がらず、ただただ「ゾンビかよ」と思った。倫理観が巴ちゃんと同レベルなんじゃないかと、自分で自分を疑っちまう。
動く死体は立ち止まった。首をコロコロと揺らす。
心構えが整う前に、死体はお姉さんに飛びかかった。
喉笛を食いちぎる。大量出血。俺にもかかる。
うわあ。瞼のシャットが間に合わなかった。視界が赤に染まる。
赤は、血の赤。赤の亜人。
掌の赤玉から、波動エネルギーを纏おうとした。
「やめなさい!」
お姉さんが叫ぶ。ビクリと、反射的に硬直した。
怪我などないかのように、お姉さんは豪快に死体を振り落とす。丈夫な人だ、いや、あまりにも丈夫すぎないか?
お姉さんは自らの手で、食いちぎられた傷をサラリと撫でた。
傷口がなくなり、元の綺麗な肌に戻った。
時が戻ったかのようだった。驚きに言葉も出ない。口が半開きになる。顔にかかった血が垂れて、舌にいっぱいの鉄味が広がった。不味い。
「浜世が見ています」「っ……!?」
「隠れましょう」
腕を掴まれた。引っ張られて連れられる。
女子トイレとは反対の方角に逃げる。扉が勢いよく閉まった。
「ここは」「演奏者の控え室ですね」
「VIPだなあ」「プロ用です」
中高生たち用のスペースは別にあります、とお姉さんは続けた。現実逃避の呑気な感想にわざわざ返事をさせてしまって、申し訳ない。
眉間を揉みほぐしつつ、頭を振るお姉さん。
「あんな素人たちでも、死体を見守るくらいは出来ると思ったんですけれども。あちらが手薄になりますが、海江田か佐渡を使うべきでしたか……」
「お姉さん。あなた、何者なんですか?」
「占い師兼とある政府機関のエージェントでございます」
眉を歪めた。占い師であることも、とある政府機関のエージェントであることも共に、俺の力を知ってる理由にも、「浜世」を知ってる理由にも、大怪我が一瞬で治る理由にもならない。
お姉さんは目を細めた。瞼の小さな隙間から覗く瞳は、剣呑な光を帯びているように感じられた。踏み込むなってことか?
一抹の不信感を覚えた。この人、何かを隠している? 重大事項ってヤツを。
まあいいか。先に尋ねるべきことがある。
「どういう原理で、死んだ人間が再び動くというのですか?」
「私が答えを知っているとお思いで? はい、知っています。寄生型エギンに取り憑かれたのでしょう。昊刃くんが考えたこと、当ててみせましょうか? 『体は軽くなってないのに、なぜエギンが?』でしょうかね」
事情通だ、このお姉さん。
誤魔化すために笑った。相当ぎこちなかったと思う。
「エギンには寄生型もいるんですか?」
「いますよ。住み着くんです。脳に」
「恐ろしいですね。亜人の体が軽くなってないのは?」
「穴が開いて、それを通ってこちらに来た個体じゃあないということです。あの少女に入っているのは、持ち込まれた養殖産なのです」
「養殖産ですって?」「はい。天然産の、対義語の」
「育てられるものなんですか、エギンって。まさか近畿大学がまたもや」
「マグロじゃありませんし。浜世家は昔からやっています」
「やはり浜世……」
「いえ。彼らがここでゾンビを作るメリットなどないはずなのですが……」
ノリで「やはり」とか言っちゃった。恥ずかしい。
お姉さんは黙考し、コメカミを二回叩いた。
「ここに至って、新しい勢力が出て来ました?」
「俺に聞かれても。答えかねます」「でしょうね」
なんだろう、この、他人から全然期待されてない感。良きだね。女の子三人のボスというポジショニングが、いつの間にか重圧になっていたのかもしれない。本質的にリーダータイプじゃあないんだよな、俺。
白西の椅子くらいがちょうどいい役職なのだ。
彼女はこう続ける。
「だからこそ、寄生型エギンの出現を、彼らは不審がるはず」
「調べに来るってことですか? だから浜世が見ていると」
お姉さんが二本の指で、手袋の上から、左掌の赤玉を抑えた。言いようのない感覚が、全身を駆け巡る。
耳元で囁かれた。
「オイタをしてはいけませんよ。昊刃くん」
「は、はい……」
近い。ふわあ。いい香りだ。
そして、亜人とバレるようなヘマをするなと、釘を刺された。しかしそもそも、どうしてこの人は俺が亜人だと知っているのだ。左手の赤玉だって。
お姉さんの前で、ヘマをした覚えはないのだけど。
そう言えばこの人は、初対面の時も、二回目に会った時にも、俺を「帝国に連なるお方」と呼んだ。それが亜人を指す言葉なのか? 帝国とは? その帝国と亜人に、いったいなんの関係が?
手を掴まれた。ドキリとする。白西という人がありながら。このお姉さんは危険すぎる。デンジャラスねーさんだ。
「浜世の種が芽吹きました。隠れたままは悪手です。ついて来て」
流されるまま、歩き始める。
控え室を出た。見たことのある球形が、廊下をふよふよと漂っている。
身構えた。海のアレ。鈍色バブル。




