6 電凸
「眷属側が力を欲し亜人側が承認すれば、あるいは亜人側が一方的に力を与えようと考えれば、眷属はちゃんと変身するはずネ。ソラハ、キミはホントに、心の奥底からモモカに変身して欲しいと思っていたカ?」
「思っていたよ。思ってないわけないだろう」
「じゃあおかしいネ。なんでダロ?」
妖精リーに相談してみたが、桃架ちゃんが眷属としての力を発動出来なかった理由はさっぱり分からなかった。俺のイメージ力が足りないとか、桃架ちゃんが恥ずかしがって踏み切れていないとか、あるいは理性を失った母による噛み傷がまだ痛むとか、そういう問題ではないようだ。
モヤモヤを抱えたまま翌日を迎える。
「おはよう。体が軽いんだけど」「出るかもネ、エギン」
「しばらく大丈夫なんじゃなかったのか」
「現状の侵食率では大したのは出ないヨ。ソラハだけで対処出来るネ」
「どこに現れるんだ?」「ソラハの半径五百メートル内」
「結構広いじゃないか。ノーコンでもストライクだ」
「ボクがレーダーになるヨ。なるべくすぐ出られるようにシトケ」
厳戒出動態勢で待機と。昨日のうちに課題を終わらせといて良かった。
朝食は食パンで済ませた。洗濯機を回す。とにかく量が多い。
「黄髪の女についてはどうする? 迷いは消えたカ?」
「昨日の今日だぞ。検討している最中だ」
「戦えそうだと思ったんダロ? なら眷属にした方がいいネ」
「でもあの子、強火だし。革命志士らしいし」
「誰でもおかしな所はあるものだヨ。それが見えやすい分まだいいじゃないカ」
そういうものだろうか。同じ腐ったみかんなら、表面からカビている物の方がマシと言っているようなものだけど、本当に正しい理屈なのだろうか、それ。
中学校卒業後、白西とともに児童保護施設を旅立った時、院長から祝いにと買ってもらったノートパソコンを開く。マップサービスにアクセスし、このアパートの住所を入力した。半径五百メートル内の様相を調べる。
「へー。学校まで一キロは歩いてると思ってたけど、直線距離だとギリギリ五百離れてないのな。あ、ここが白西の本来の住居。女性限定の社員寮を特別に借りてる。家賃はともかく、ずっといなかったら怪しまれそう」
「シロニシという女の不在なら、ボクが幻術で誤魔化せるネ」「本当か?」
「もちろんヨ」「助かる」
近場であっても、意外と知らない道と場所がある。養護施設の周りなら、小学生の時に白西たちと遊び尽くしたけど、高校生にもなって探検はしないからなあ。
いつの間にか白西が近づいてきていて、パソコンの画面をぼんやり眺めていた。まるで気配がないものだから、ギョッとする。
彼女は今、何を感じているのだろう。
魂がないとは、どんな感じなんだろう。
人差し指を動かす。
「室の家はここ。両親ともこの総合病院で働いてる。鳥矢の家はここだな」
「先のエギン出現による被害者は、モモカの母親とシロニシだけではないかもしれないネ」
妖精リーは淡々と言う。
「ソラハ、お前は他の被害者を探さないのダナ」「ああ」
肯定した。
「俺、白西と、あと友達と院長以外、どうでもいいんだ」「そうカ」
怒られるかと思いきや、リーは頷くだけだった。人としてのあり方の多様性について寛大なのかもしれない。まあ、道徳を説かれて他人を救うよう強制されても、俺とリーとの仲が険悪になるだけだけど。
土地勘はある。地図はすぐに覚えられた。手持ち無沙汰になって、すでに何度も読んだ名作漫画を手に取った。記憶を無くし、新鮮な気持ちで読みたい。
いつ化け物が来るとも知れない。ソワソワする。集中困難。
「もし本当に化け物が現れたとして。桃架ちゃんは連れてかない方がいいよな」
「ああ、変身出来ないなら危険に晒すだけヨ」
「………………あー。鳥矢に電凸でもすっかあ」「デントツ? それ何ネ」
「『電話突撃』。大昔のネットスラングだよ。あ、もしもし鳥矢くぅん?」
『な、なんだい。鈴木くん』「苗字呼びなんて珍しい」
鈴木って特徴ないな。昊刃でいい? そう提案してきたのはあいつだ。僅かに違和感を覚えたけど、スルーして尋ねた。
「今何してる? どうせゲームかな。前に言ってた『新入生M』はクリアした?」
「ほう、『新入生M』ネ? サスペンスノベルゲームカ?」
「違う。『新入生M』とは、『入学式後の夕方、割り振られたクラスの教室にて、主人公が目隠し亀甲縛りで天井からぶら下がっていた。絶頂に至ろうかというちょうどその時、何者かに鞭でビシバシ叩かれ、今までにない快楽を味わう。翌日の聞き込み調査の結果、三人の女子生徒が犯人として名乗りをあげたのだった。鞭の感触からして犯人は一人。運命のドSは果たして誰なのか。ドキドキ学園生活スタート!』というストーリーラインのエロゲだ」
「いかがわしくて嘆かわしいヨ。なぜあらすじをそうスラスラと誦じられるネ」
「勘違いするなよ。記憶力には自信があるんだ」
『誰かいるのか?』「ああ。友達のリーさんだ」『そ、そうか』
淡白な反応だ。普段の彼なら、お前に俺たち以外の友達がいるのか、と揶揄ってくるぐらいはするはず。
『俺は今、ばあちゃんのお見舞いしてるんだ』
「はあ。ゲームせずに? 殊勝な孫だな。お前誰だ」『失礼な奴だな。切るぞ』
「冗談だって。室んちの病院だったよね?」『ああ』
「じゃあ長話は良くないな。大人しく切ろう。じゃ、また明日」
『うん……おう。それじゃあ』
スマホを置いた。頬杖を突く。せっかく時間を潰せると思ったのに。
「リーさん、なんかゲームしようや。軽めのヤツ。しりとりとか。りんご」
「五反田」「ダンゴムシ」
「シビア」「アトリエ」
「っ! エギン、ヨ」
「ンゴロンゴロ保全地域」
「続けるなヤ。現れたネ、エギンが」「えっどこ?」
「病院ネ」
驚き、椅子から転げ落ちた。