22 薄紫
鳥矢赫義、我が親友。あいつは、今週の水曜日、仮結衣さんよりコンサートに誘われた日から、学校の無断欠席を続けている。せっかく、ゲーム中毒から解放されて真人間になったと先生から評価し直されかけていたのに、元の木阿弥だ。
尤も俺は安心していた。あいつという存在は、学校を休んでまでゲームに熱中する廃人野郎であるくらいがちょうどいい。四ヶ月強に亘ってゲーム断ちしていた反動で、碌に眠りも、あるいは食べもせず、どうせ積みゲーでも消化しているのだろうと思っていた。
コンサートの後、奴の家に行って、その進捗を聞こうと画策していたのに。
「行方不明……」
火曜の夜から帰宅していないらしい。両親によって届出が為されたのは昨日のことだが。あの人らはズボラだからな、さもありなん。
どこに行ったんだあいつ?
アイテールを奪われ、自我なく彷徨っているうちに死んでしまった可能性に考え至り、背筋が寒くなる。しかし、占い師兼政府機関エージェントなお姉さんの口ぶりからすると、鳥矢の命がどうこうという状況ではなさそうだった。
鳥矢は当然のように生きていて、そしてお姉さんたちに追われている。
連続色付き殺人事件の、重要参考人として。
どうしてあいつが生きて逃亡していると判断出来るのか、重要参考人扱いされているのか、お姉さんは教えてくれなかった。「重要参考人」とは事件と深く関わりのある人物のことであり、被疑者とイコールではないはずだけど、もやもやする。情報の保持者として行方を捜査されているのか、犯人として追跡されているのか。
先回りして見つけたい衝動に駆られる。が、奴がどこに潜伏しているのか、皆目見当もつかない。友達なのに。亜人の力が役立つ局面じゃないし。
世界は広い。鳥矢を探して飛んで回っても時間の無駄だろう。ここは大人しく、当初の予定通りに仮結衣さんの演奏を聞きに行くとしよう。またしても名前を聞き忘れたお姉さんと別れたのち、三時間ほど漫画喫茶で時間を潰してから、県庁舎に向かう。
駅から徒歩5分の位置にある。漫喫からなら12,3分。
少し早いかと思ったけど、入場は始まっていた。
「結構、人いっぱいいるな〜」
大会らしい。看板に「全国」って書いてた。
東京都文京区の文京シビックセンターとかでやればいいのに。どうしてこんな、パッとしない街で開催されるのだろうか。見所も特にない。日本全国からわざわざ足を運んでくる人たちがかわいそうだ。
「理由は、俺が出資したからだ」
振り向く。あり得ない人間がいた。
アパートの管理人。
冷や汗垂らし後退って、慄く。
「馬鹿な……っ! あんたが外にいるなんて!? 幻覚かっ!? 槍でも降るのかっ」
「馬鹿はお前だ。俺だって、外に出る時くらいある。ああ、コンサートの参加者に、お前の大好きな色付きヘアの少女がいたぞ。それだけだ、じゃあな」
管理人が離れていく。階段を昇るということは、来賓席かな。アパート管理やらゲーム開発やらで、あいつが金を持ってるのは知ってる。それで音楽コンサートに出資するとは、なかなか文化的に味な真似をするじゃないか。
ああ、せいぜいこの街の中が奴の行動限界だから、ここで開かれるのか。
「というか、誰が色付きヘア少女大好きだって?」
プ◯キュアならともかく、リアルの色付きどもには日頃から苦汁を舐めさせられているぞ。あと、大好きなのは白西だけだ。
さて、仮結衣さんはどこかな。
「ソラソラも来てたでありますか。意外でありますな」
またもや声をかけられた。挨拶する。
「こんにちは六華ちゃん。知り合いが出演するから。君も?」
「違うでありますな。物珍しくてつい、って感じでありますよー」
「一緒に見るかい?」
「すまぬであります。そのうち家族が来るでありますゆえ」
そりゃあ俺よりも優先すべきだと、六華ちゃんを入り口に置いて、ホールに足を踏み入れる。受付で、応援団体の指定席以外ならどこに座るのも自由だが、なるべく詰めるよう頼まれた。
上演まで四十分近くある。
最悪立ち見でもいい。亜人自覚後の体力は、自分を普通の人間として認識していた時の十倍以上ある。自販機でペットボトルのお茶を買い、ロビーのソファで一服する。体力爆増を謳いつつも、早朝の鳥矢が事件の重要参考人という話には、精神的に疲れさせられていたようだ。
エギンが現れないせいで、体が鈍ってる影響もありそうだな。亜人が強くなれば眷属も一緒に強化されるが、しかし逆も成り立つ。次に現れた敵が脅威度S以上──エギン化した浜世父に比肩する化け物であれば、不覚を取りかねない。
「隣いいですか」「どうぞ」
笛楽器を持った少女が座る。
薄紫色の髪。さっき管理人が言ってた、色付きの出演者か。
こちらをジロジロ眺めてくる。
「あのう……どうされたので」
「……なぜか分からないですけれど、つい気になってしまって」
照れたように言った。
訝しみ、一つの可能性に思い至る。俺が亜人である、つまり人と少しズレた存在であり、かつ自分に力を与えてくれるかもしれない存在であると、無意識ながらもこの子は勘づいたのか。椎奈ちゃん曰く、亜人は色付きを魅了すると伝承に残っていたらしいが、信憑性が出てきたぜ。
リーの見立てによると、俺が眷属化出来るのは、三人ぐらいまでだそう。
枠は埋まっている。居た堪れねえ。敬語のまま、心理的な距離を取っておくことにする。
「ここはうるさいでしょう。演者用スペースで待つ方が良いのでは?」
「ガヤガヤしてる方が落ち着くので」
変わってるな。興味が湧く。
図太そうだし、この質問も大丈夫だろう。
「大舞台の本番前ってどんな気持ちなんですか?」
「心臓がバクバクして脳が気持ちいいです」
「大物ですね」「よく言われます」
「仮結衣鈴愛さんって知ってますか?」
「もちろん。有名人ですよ、私たちの界隈では。憧れてます。彼女は高校生、私は中学生ですから、同じ土俵で戦えないことがとても残念です」
「彼女、演者用スペースにいますか?」
「仮結衣さんのファンなんですか?」
「クラスメイトなんですよ。ここには、彼女に誘われて来ました。だから、顔見せしておいた方が良いかなと」
「なるほど。道理で、張り切っていらっしゃったわけですね。でもあの人は、自分の世界に入って演奏される方ですから。今会いに行ったらノイズになります。メールか何かで、コンサートの後に会う約束を取り付けるべきですよ」
「そうなんですか?」「そうなんです」
なるほど。危なかった。無神経にも突撃をかますところだったぜ。
上演十分前になった。最前列が一席空いていたので、そこに座る。パンフレットを眺めると、午前は中学生の部だそうだ。顔写真が載っている。
さっきの薄紫っ子の名は「問鹿勿花」というらしい。
二人目の演奏者に拍手を行う。
『──中学校、問鹿勿花さん』
待てども待てども、彼女は舞台に現れない。
俄かに会場がざわつき始める。どうしたのだろう。先ほどちょっと話しただけだが、本番を前に逃げ出しそうなタイプには見えなかったけど。
十五分後に、コンサート中止のアナウンスが響く。
不満を垂れつつも、続々と席を立つ観客たち。
まごつき、立ち尽くした。俺も帰るべきなのだろうか。しかし、管理人がいるはずの二階席からは、ただならぬ緊張感が漂っている。いったい何が起きたというのか。心配だ。仮結衣さんの様子を見に行くべきか。
が、無関係な俺がいても、邪魔になるだけだろう。大人しく帰るが吉と、ホールの出入り口に向かう。
「帝国に連なるお方。いえ、昊刃さん。さっきぶりですね」
呼び止められた。振り返る。
占い師のお姉さんが、扉の前で壁にもたれかかっていた。
おちゃらけたような雰囲気はない。彼女に尋ねる。
「何があったんです?」
「薄紫色の髪の少女が、殺害されました」
背筋がヒュッと凍りつく。
彼女は続けた。
「心臓を抉り取られていました」




