19 浜世京之助
浜世家は、術師のビッグファミリーである。
血に刻まれた術式で以って、あるいは、「式似唐具」と呼称される道具を用いて、不思議な術を使う。「遺物」と呼ばれる、強力だが癖のある式似唐具を扱う者もいる。
彼らは、術を極めるために修行する。
邪なる者から皇家を守るという名目で、日々研鑽に明け暮れている。
彼らには序列がある。下位であるほど一族での扱いが酷くなり、逆に上位になるほど権限が強くなる。この序列制度こそが、術師たちを「近衛士」たらしめていると言っても過言ではない。天皇への忠誠心など二の次なのだ。
個の強さだけで、それは決まらない。部隊の役目それぞれについての適性に基づき順位が定まる。これらと実際の功績から総合順位、つまり最終的な序列が求められる。
彼、浜世京之助は、攻士部門百七十八位、防士部門百五十二位、法士部門百九十六位、統士部門百二位、医士部門百九十五位、侍士部門八十九位、総合順位百五十三位の、最下等ではなけれど中堅でもない、下っ端の近衛士だった。
彼は自身の立ち位置に不満を持っていた。自分はもっと出来る人間だと信じていた。不当に評価されていると感じていた。序列九位の父と序列七位の母を持つ自分は、こんな地位で燻っているべき人間じゃない。
「不当、でありますか?」
浜世六華は、怪訝な表情でそう返す。
今日も可愛い女だ。二十二になる京之助は、十四歳の彼女に対し、並ならぬ劣情を抱いていた。いつか自分の隣に侍らせたいと、強く願っていた。
こんな地位にずっと甘んじているつもりはない。浜世京之助という人間は、もっと上に立つべき人間なのだ。気概ある有能な男だとアピールするために、京之助は六華へと、自分の潜在能力と将来性を演説した。
六華は平淡な口調で返す。
「妥当と思うでありますな」
お前までそんなことを言うのか。せっかく目をかけてやったのに。六華が「であります」口調にハマる前、幼い頃、京之助にーちゃんと呼びかけてきた声を、彼は鮮明に覚えている。彼女は自分に懐いているはずだ、というのは、一方的な思い込みでしかなかったわけだが。
彼はプライドが高かった。座学だけは出来たから。評価の方法さえ改められれば、序列十八位の六華にも、勝てる目があると考えていた。
昊刃と京之助が相見える十日前、彼と六華含む十数名の近衛士が、本堂の広場に集められた。彼らの静寂と緊張が、壇上の青年を出迎える。
序列二位、浜世枢機。
数百年もの間ずっと表に出てきていない、顔も名前も誰も知らない一位に代わる、里の実質最高権力者(ただし、三つある本家の当主を除く)。加えて、近衛士最強でもある。
自分より年下なのに。京之助は奥歯を噛み締めた。
枢機が口を開く。
「ついに、亜人が目覚めたらしい」
よく通る、はっきりとした声だった。
噂は本当だった。騒つく本堂。京之助もまた、驚愕に目を見開く。
亜人。浜世家の悲願を成就させるために必要な、最後のピース。
「捕獲した者には、特大のスコアが与えられる」
スコアとは、功績を数値評価したものである。集められた者たちは色めき立った。二十五位圏内ならば、トップテンにランクイン可能な数字だったから。
無論、現時点で二十五位以内に入れていない近衛士であっても、大幅なランクアップが望める。自分を下位者と侮ってきた奴らをごぼう抜きに出来る。
チャンスが巡ってきた。亜人とやらを捕まえるだけで、一発逆転出来る。
浜世京之助という男が本当にいるべきポジションを、思い知らせてやる。
亜人捕獲の命を受けたのは、若い近衛士ばかりだった。彼らのうちほとんどにとって、外の世界は初めてだった。
右も左も分からない。漠然とした不安に駆られる。幸い、いくつかの候補のうち、六華と同じ地区に配属された。賢い京之助は、社交的な六華の後ろに張り込むことで、彼女と会話を交わす街の人々を検分することに決めた。
コスパが良く素晴らしい作戦だと思った。六華を見ていられる口実にもなる。
一日目から撒かれた。二日目も、三日目も、四日目も五日目も、尾行は上手くいかなかった。当然六日目も、七日目も、八日目も。
九日目。偶然、街の寂れたバッティングセンターにて、六華を見つけられた。
彼女は、ムカつくぐらいの好青年と、楽しそうにおしゃべりしていた。
頭にカッと血が上った。生まれて初めての敗北感を味わった。
男は、黄色い髪の少女を伴って、バッティングセンターから出てきた。故に亜人と決めつけた。証拠はない。色付きは珍しいが、しかしどこでもたまに見かけるぐらいにはいるらしい。ただ染髪しているだけの可能性もある。
京之助は義憤に駆られた。六華と楽しそうに話していたあの男こそ亜人でなければならないと感じた。亜人として浜世家に捕まり、死ぬよりも酷い目に遭わなければならないと。
だから奴と相対した。計画などなかった。奴を亜人ということにして、半殺しにしてから枢機に突き出してやる。どうせ亜人の特徴なんて誰も知らない。語られるのは伝説の中でのみ。分かっているのは、浜世家術士の波力に似た、位相の壁を越えるおかしな「氣」を出すことだけだ。何も分からないまま儀式を始めて、失敗してしまえばいい。
京之助好みの女の子も連れていた。昨日とは別の女子だ。欲しい。
羨ましい。妬ましい。腹立たしい。許せない。
「世の中には、話が通じない奴もいるってことです」
「僕は、話が通じない奴ではないんじゃないかな」
女が京之助を馬鹿にした。カッとなった。しかし自分は、カッとなったからと暴力に頼るような野蛮人ではない。
「亜人は大人しく半殺しになってくれるなら、色付きは僕に媚び諂ったのち死んでくれるなら、君たちに必要以上の攻撃を加えたりしないんじゃないかな」
亜人らしき男から、風聞通りのおかしな氣が立ち上る。
少女の格好が、女児向けアニメの魔法少女のような衣装に変換された。
京之助は驚愕する。本物だった。内心を悟られぬよう、外面は取り繕う。
ほくそ笑む。本当に一人で亜人に対処出来れば、自分の評価は鰻上りだ。大丈夫、僕だったら勝てる。彼は根拠なく楽観していた。
防護壁を張る前に、京之助は死んだ。
ストンと、首が落ちた。
◇◇◇
「あ」「どうしたでありますか?」
「京之助ってのが死んだ」「えっと。誰でありましたっけ?」
六華が、隣の同期、雪美に尋ね返す。
同じタイミングで、彼女らの腕時計型端末が、亜人出現のアラートを発した。
が、すぐに反応は消えてしまった。
来週はお休みさせていただきます。ごめんなさい。
微熱と低調状態が続き、集中して文章を書くのが難しいのです。もしかすると、コロナに罹ってしまったのかもしれません。




