15 仮結衣さん
朝起きて、顔を洗って、朝食を済ませて、歯磨きして、学校に赴く。
「…………」
青っ子と桃っ子との会話が、相場と比べてだいぶ少なかったように感じた。感じただけで、実際はいつも通りだったけども、彼女たちの非生産的なやりとりに耳を貸す気になれなかった。最近、考え事が多過ぎる。どのくらい多いかと言うと、いつもなら見かける度にイラッとする「ながらスマホ」が、ほとんど気にならなくなるぐらいにだ。
俺たちを狙っているという浜世本家。教室監禁謎解きでの出題内容と、「『亜人』とは『心』のない『悪人』である」というメッセージ。この街に潜伏しているらしい、連続色付き殺人事件の犯人。
そして昨日の、体が軽くなったにもかかわらず、エギンが現れなかった件も気になる。
非日常の上に、さらなる非日常が重なっていく。
「難しい顔しちゃって。どうしたのさ、昊刃くん?」
クラリネットが全国レベルで上手い、隣の席の仮結衣さんが、心配そうに尋ねてくる。いつの間にか着席していた。ここまで思考に没頭してしまうとは、正直、歩きスマホよりも危なかったかもしれない。
時計を眺める。朝のホームルームはまだ始まっていないみたいだ。
「昨日の『無気神』再放送での、クライマックス改編が納得いかなかった? だとしたら、同志と言わざるを得ないんだけど」
「『無気神』ね。漫画は読んでいるけど、生憎とアニメはチェックしてなくって」
「ちぇー。じゃあ、どうしてそんなに悩んでいるのかな?」
首を傾げる仮結衣さん。いや、そんな不思議そうに聞かれても。俺はアニメ以外のことでも悩むし、むしろ、そっちの方が主軸だぞ。ご飯の献立とか人間関係とか、悩みの中身は、そういうありふれた内容ばかりだ。
よく連む相手がコンテンツ好きの白西・鳥矢・室の三人で、奴らに合わせて色々とブツは揃えてあるが、しかし誤解されているかもしれないけども、俺はコンテンツにどっぷりハマるタイプじゃない。
ん? プ◯キュア全部言えるかって?
当然だろ。それは基礎教養だ。三角関数よりも。
「三角関数よりも基礎教養? 悩みなく断言?」
「目下の懸念事項は、いつもと毛色が違うんだけどな。ヘアカラーが変身前と変わるが如く。クイズの内容と誹謗中傷と危険人物について悩んでるんだ」
「何そのラインナップ。この短期間に、いったい何があったのさ。まあでも、クイズはともかく、誹謗中傷と危険人物は重大だね。インポータントだね」
「ああ。各々の障害を乗り越え、強くなった心が一つになって合体技が編み出される回に垣間見える、彼女たちの熱い絆くらいにインポータントだ」
「誹謗中傷で悩んじゃうのなら、分かるよ。クラリネットのコンクールで初めて優勝した後、SNSでけっこー陰口叩かれたからさ。仕返ししたいなら言ってね、協力するし。私のクラリネットが火を噴くよ!」
「ふふ。クラリネット・ファイアというのが、仮結衣さんが行使する、悪役浄化のための決め技なのかい?」
「ねえ。いちいちプ◯キュアに準えるの、やめない?」
苦言を呈された。動揺する。悲しいね。クラリネット・ファイア発言については、明らかに乗せに来てたじゃん。裏切られた気分だ。
クラリネット・梯子外し。
尤も仮結衣さんは、音階を外さない。
漫画の「無気神」と、今日の授業内容について少し話したのち、仮結衣さんはおずおずと、「あの……」と切り出した。
「再来週の日曜日にも、その、コンクールがあるんだけど」
「ああー、職員室前掲示板に貼り付けられていた、県庁公館の?」
「そうっそれっ。良かったら……暇だったら、見に来てくれない、かな?」
「仮結衣さんが出るなら、是非行かせていただくよ」
楽しみだ。高校生以下なら無料のはずだから、育ち盛り魔法少女たちの食費に収入の大部分を削られるせいでキツい予算制約にも影響しない。
ふと、ギリギリに登校して来る不真面目な生徒に混じって教室に入ってくる委員長、暹朋希くんの姿が見えた。夜に彷徨う幽鬼が如くの表情で、ゲッソリとやつれている。声をかけるのも憚られる様子だ。
夏休みまではほとんど毎日、一番乗りだったというに。夏祭りでの騒ぎによって、彼の思い人である篠さんが亡くなったことに、必死で堪えているのだと思われた。
チャイム直後に室が突入してきた。「ギリギリセーフ!」と叫ぶ彼女に、「アウトだよ」と判定を下す担任。しかし「今日だけだかんな」と、今日も見逃されていた。良かったね。
あれ? 教室を見回す。
鳥矢が来ていない。
◇◇◇
「連続殺人事件の犯人が、浜世家の誰かということはないのか?」
放課後、バッティングセンターにて、椎奈ちゃんにそう尋ねた。亜人化して著しく良くなった視力で最高速のボールを捉え、バットの芯にぶち当てる。しかし残念ながら、弾道は逸れてしまった。左手が時々すり抜ける身だった者として、バスケットボールと同じく、野球も不得意分野だった。
バットってどうやって振るんだ?
一本足打法はあれど、寡聞にして「一本手打法」は知らなかった。あるかもしれないけども。
隣の区画で、椎奈ちゃんもバットを振る。盛大に空振っていた。
「うーん。どうだろうね?」
「家ぐるみで色付きを蔑視してたんだろ? 事実、椎奈ちゃんは被差別者だった」
「だからこそ、近寄りたくないという空気も強かったよ。蔑まれていたけど恨まれていたわけではないし、わざわざ外界の色付きを殺して回るとは。それも、殺した後に臓器を奪うという残虐非道な真似をするとは、とても……」
「ふうん。じゃあ、容疑者扱いは不適格かな」
「いやでも。ごく少数だったけど、色付きを危険視してる人はいたかもしれない。可能性はゼロではないだろう」
三十分ほど振り続けたところで、椎奈ちゃんが腹痛を訴えた。さっき買い与えたアイスが原因か。彼女の背中が、汚いお花畑へと消えていく。
入れ替わりで、誰かがセンターに入ってきた。
中学生ぐらいの少女。
「あっ」「あっであります」
最近知り合った友人、「であります」口調が特徴的な少女、六華ちゃんだ。




