5 黄髪の革命志士
我が革命活動の賛同者なのだろう。
黄髪の少女、浜世椎奈はそう言った。桃架ちゃんと揃って首を傾げる。いくら考えても真意が分からなかったから、しばらくそうしていた。もちろん呼びつけた側が取っていい態度ではない。
話を進めようと、無理矢理言葉を捻り出す。
「それはいわゆる、英語にしたらレボリューションの革命?」
「フハハ! その通りだ! その通りよ! れぼりゅーしょんだ!」
浜世椎奈は高らかに笑った。ハイテンションだった。高台にひっそりとある空き地で、彼女の存在だけが異様に光り輝いている。
勢いのまま演説を始めた。
「我は現行体制に不満を抱いている! 民主主義にはもううんざりだ! どこの馬の骨とも知れん与党のボス猿が総理大臣になり、自己欺瞞に従って祖国日本の音頭を取る! 自らの蛮行を反省する頃には頭がすげ替わっている! 逆に反省しない者ほど権力の座にしがみつく! だから我々は迷走する! 血税の無駄遣い! 悪しき慣習は正さねばならない! 日本の原点に回帰せよ! 神たる天皇様に任されば間違いは起こらない! 民衆は自らの凡愚を悔い改め、天皇様に全権を返上すべきである! 絶対王政を取り戻せば、天皇様のご威光は世界に届き、日本は真の支配国家として生まれ変わるだろう! 我の革命は、そのための戦いなのだ!」
一息で言い切った。
あまりにも純粋な、キラキラした目だった。自分の主張に間違いなどないと信じ切っている目。もし音がなければ、将来の夢を無邪気に語る可愛い女の子にしか見えないだろう。彼女は自分に酔っていた。
ゾッと背筋が冷たくなる。なんだこいつは。
絶対に関わりたくねえ。マジで関わりたくねえ。
泣きそう。初めてのスカウト活動で、幸先が悪過ぎる。
いやこれ、運動会の五十メートル走で例えたら、開始合図のスターターピストルで心臓打たれてるだろ。空砲じゃないよ実弾だよ。だって殺りに来てるもん体育教師。
どう対処すればいいか分からず、縋るように桃架ちゃんを見た。心外だとばかりに小声でこう返してくる。
「浜世さんのメアド、あの子が配ってたビラに載ってたのです。だから知ってました。ホント、断じて友達じゃないですよ」
「別に桃架ちゃんと反社会的個人との関係を疑ったわけじゃない。ビラの内容は言わなくていいからね」
「フハハはは! 我と共に現政権を放逐、米国により奪われた『現人神』としての天皇様を呼び覚まし、神武天皇様から2680年続いた日本の真なる姿を、全世界に見せつけてやろうではないか!」
嫌です。お断りします。
オファーを出したのは俺たちだが、なんとしてもお帰り願いたい。こんな奴が魔法少女であってたまるか。全国のちびっ子と大きな子供たちの夢は俺が守る。
「浜世さん。少し落ち着こうよ。一旦落ち着こ? ね?」
「おっと。口調を強くし過ぎたし、全文にエクスクラメーションマークを付けてしまった。ごめんなさい。革命志士はもっとクールじゃないと」
ちょこんと頭を下げる革命志士。確かに、強い口調は怖かったし、びっくりマークの多用には俺の鼓膜を破きかねない危険性があったけど、そうじゃない。
落ち着いて欲しいのは話の内容。浜世椎奈の脳内だ。
「てへ」「何が『てへ』だ。可愛いじゃん」
「そこの男。なぜ左手だけに手袋をはめている?」
「え?」
いきなりの核心を突く質問に、咄嗟に言葉が出なかった。
固まっていると、手首を掴まれた。持ち上げられる。
「不思議な力を感じる」「っ!」
「なんだろう。我が根源に通じるような……まさに革命的な力だ……」
手袋を剥がされそうになった。思わず引き戻す。顔に当たりそうになったが、浜世椎奈は危なげなく回避した。どの道すり抜けていただろうけど。
仰け反ったのちも姿勢は崩れない。格闘技の経験でもあるのだろうか。戦闘適性は高そうだ。
評価を改める。思想信条はともかく、魔法少女として戦うことには、この子は向いているんじゃないか? いやでも、思想信条がとにかく問題過ぎるんだよなあ。
あまりにもネックなんだよなあ。
やれやれとばかりに、浜世椎奈は肩を竦めた。
「ふ。我が革命の方針を聞いてくれてありがとう。今日はお暇させてもらうよ。覚悟が出来たらいつでも連絡してくれ。ではまた、富良野氏に厨二お兄さん」
「厨二お兄さん!?」
俺に不名誉な称号を送りつけながら、彼女は空き地を颯爽と去っていった。左手のこれはそういうのじゃないと反論したかったものの、じゃあ何なのかを説明すれば、いずれ浜世椎奈が魔法少女となる未来に達してしまう気がしてならなかった。
もうちょっと考えさせて欲しい。革命とやらに興味があるだけ、そう誤解されたままの方が良い。
だとしても、厨二お兄さんは屈辱だ。お前に言われたくないわ。
「えっと。月曜日、髪が青い子の住所を突き止めてみます。帰りに尾行して」
「通報されないようほどほどに。これからどうしよう。解散する?」
「そんな……えっと! 眷属の力がどんなものなのか、試してみたいです!」
なるほど。頷く。
魔法少女に変身してみたいということか。当然の願望だ。
「初期コスチュームはみすぼらしいようだから、あまり期待しないように。だんだん進化していくらしいけど」
「? はい」
「じゃあ行こう。桃架ちゃん、メタモルフォオオオオォゼッッ!!」
「え? め、めたもるふぉおおぜ!」
何も起きなかった。