12 臓器
コーヒーを噴き出しそうになった。
どうにか堪える。掃除仕事を増やしては後輩に悪いからだ。波動エネルギーの制御は上手く出来るようになったとはいえ、カップを持つ手が左だったら、うっかりすり抜けさせ落としてしまっただろう。
無理して我慢したからか咽せてしまう。液体が上の方に流れ込み、鼻からコーヒーを垂らすという醜態を晒した。
チャラリーン。鼻からコーヒー。
などと、昔大流行したらしいフレーズをオマージュしている場合ではない。
このお姉さん、今、なんて言った? 落ち着いた雰囲気の喫茶店店内で、リラックスした姿勢を保ちつつ、香り豊かな美味しいコーヒーを飲みながら、このお姉さんは突然、何を仰られた?
聞き間違いだろうか。そうであってくれ。
「もう一度お願いします。ワンモアチャンス」
「はい。連続色付き惨殺事件の犯人がこの街に潜伏しているかもしれないという情報を入手し、調査検分をしにやって参りました」
全然聞き間違えじゃなかった。
カップを机の上に置く。帰っていいだろうか。ダメだろうな。だってこのコーヒー、占い屋のお姉さんからの奢りだもんな。加えて、色付き三人を眷属としている俺にとって、あの事件はまったく無関係であるとは言えない。次の被害者は、彼女たちの誰かかもしれないのである。
魔法少女に変身した後は殺人鬼など敵ではないが、通常時はそうではない。変身には亜人が必要というのが、彼女たちの最大の弱点。
嫌々、身を乗り出した。
「どうして俺にその話を?」
「お祭りで、青髪の子と一緒にいたからです」
うわあ、そういうことかあ。
脳内の巴ちゃんが、「昊刃は大変だわ!」と他人事のように言い放った。
「……どうして直接、青髪の彼女に会いに行かなかったのですか?」
「なぜかというと、彼女は性格が悪そうだったからです。性格の悪い人間と話をしたら、ストレスになりますからね。あの手合いとのコミュニケーションは、もはや労働災害なのですよ」
「まあ、理解はしますけども。青髪少女の悪口は、職場でとっくに聞き飽きました。それで? 話とはなんです?」
「まずは、事件のあらましについて語らせてください。あ、ほんの少しですがグロテスクな話も混ざってきますので、先にコーヒーを飲み干しておくことをお勧めします」
勿体無いが、言われた通りにする。グロ耐性があるわけではないので。
以下の三つ◇で閉じられた中身が、お姉さんが語った事件のあらましだ。
◇◇◇
連続殺人事件の始まりは、五歳の女の子でした。
二年前の夏。
緑髪の子でした。背後から頭を一回、強く打たれて死亡したようです。どこを打てば幼児は死ぬのかを熟知しているかのような一撃で、検死の結果を初めて見た時には、不謹慎ですが、思わず惚れ惚れというか、感服してしまいそうになりました。
直接の死因は、頭部打撲による脳震盪でした。
しかし、なんとも猟奇的なことに、犯人は、死亡後の遺体から脳と心臓を抜き取って、持ち去ってしまったようなのです。抜き出しというか切り出しには、片刃の鋸が使われたようでした。
凶器は見つかっておりませんが。
それどころか、利用可能な犯人の痕跡は、一切残っていませんでした。
事件は続きました。一週間後、七歳青髪の男の子が、さらにその三日後に、六歳黄髪の女の子が殺されました。青髪の男の子からも心臓と脳が抜かれていましたが、黄髪の女の子からは心臓しか抜き取られていませんでした。
事件は一度途絶えましたが、一年前の夏にも再び発生し、二人の女の子と三人の男の子が殺されました。全員、心臓のみ抜き取られていました。
脳まで取られていたのは、最初の二件だけでした。
連続殺人は、今年の夏にも起きました。大々的に報道されたのでご存じかと思いますが、人気アイドルグループ「サイスコープス」のヤナギ紫穂さんが殺されました。
他にも数件ありました。去年まで、すべての犯行は七月後半から八月末までの間に行われていましたが、今年は九月、つまりここ三週間にも二件発生しています。また、去年までの被害者は全員十二歳以下の子供でしたが、ヤナギ紫穂さんには二十一歳で、とても子供と呼べる年齢ではありませんでした。そういう意味で、彼女の殺害は捜査機関からも注目されました。
というわけで、現在の日本は、人を殺して心臓を盗む途轍もない悪党が、野放しにされている状況なのです。
色付きは一万人に一人ほどしかいませんが、少数派だからと言って、惨たらしい死の危険に晒されていいはずもありません。それに、犯人の狂気が色付きに向けられないと、言い切ることも出来ません。
一刻も早く捕まえねばならない。
よって、犯人が潜伏している可能性の高いこの街に、政府の人間として乗り込んで来た、というわけです。
以上です。
◇◇◇
「なぜこの街に犯人が潜伏していると?」
彼女の話を静聴したのち、誰もが気になる疑問点を真っ先に尋ねる。
「秘密です」「はあ」
「判断材料の一つとして、占いがあります。私の本業は占い師ではありませんけれど、しかし占う力は持っているのです。あなたたちにして見せたように」
眉を曲げる。訝しく思ったからだ。胡散臭い。
まあ、俺にも超常的なすり抜け能力が備わっていることを踏まえると、一概に不思議系パワーを否定するのは難しい。今よりずっと昔には、占星術を駆使して政治や戦争に役立てた人物もたくさんいたらしいし。
大半は紛い物だろうけど、中には本物が混じってたとしてもおかしくはないか。
このお姉さんがそうかどうかは、まだ判断しかねる。夏祭りにて、確かに魔術らしき何かを披露してくれはした。でも、占いの内容自体は、決してマジカルではなかった。
占いの力については、追及しても仕方なさそうだ。何が分からないのかが分からないし、例えクリティカルな質問が出来ても、秘密や機密で躱される目算が高い。
別の切り口を探す。
「どうして殺人鬼は、色付きを狙って殺すのでしょうか?」
「色付きの心臓が必要だからか、あるいは殺人鬼なりのゲームルールなのかもしれません」
「あまり積極的にしたい想像ではありませんけど、持ち去った臓器は、いったいどう扱ってるんでしょうかね」
「さあ。現時点ではなんとも。ただ、私個人としては、犯人は単に臓器を持ち去ったのではないと感じております」
あくまで勘ですけれどね、と前置いてから、彼女は続ける。
「獲った臓器は食べたんじゃないかと、私は思っております」




