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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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11 占い師との再会


 学校が終わり、鳥矢・室と別れた。

 公園で、ぼんやりと座り込む。バスケットゴールの下で、少女たちが元気にボールをついていた。巴ちゃんに謂れのないクレームを付けられた、あの女の子たちである。美人だが頭はおかしい先輩からの圧力に屈さずに、笑顔で遊び続けられる彼女たちには、せめて心の中で、謝意と敬意を表しておきたい。

 バスケットゴールそれ自体も、巴ちゃんみたいな大人に撤去されず、いつまでも残ればいいのに。

 良く見ると、小学生たちに混じって、我が眷属たちと同世代らしき少女が一人、バスケットボールをプレイしていた。この前はいなかった子だ。絶妙な手加減で、小学生たちを楽しませている。

 バランス感覚が卓越しているのだろう。篠さんを彷彿とさせる。委員長の思い人だったが、祭りでのエギン騒動でアイテールを獲られた結果、亡くなってしまった。俺のミスだ。

 次からは、ミスしない。

 背もたれに体を預ける。気持ちのいい放課後だ。缶コーヒーでも飲んで一息吐きたいという欲望が湧き上がる。しかしそれは分不相応な贅沢、正確に言えば懐に不相応な贅沢だった。

 正直に告白すると、俺は金欠なのだった。管理人から小遣いを増やしてもらったとはいえ、やはり、白西と富良野親子、それに巴ちゃんを養うのに潤沢とは言えない。富良野家は母子家庭で、生活は母の収入に依存していた。その母はエギンにアイテールを奪われ、自我をほとんど失っている。巴ちゃんには、彼女のおばさんが残してくれたお金があるとはいえ、お世辞にも多額とは言えない。

 職場のストレス・マネジメント出費も入れると、もうカツカツだ。

 一昨日の教室監禁謎解き事件後、的外れな推理を披露したまま終わってしまった椎奈ちゃんを慰める会も開いたし。焼肉屋で。もちろん巴ちゃんと桃架ちゃんには内緒だ。特に、巴ちゃんは椎奈ちゃんを無能と嘲笑ってしまうから、「慰める会」のはずが「傷を抉ってトドメを刺す会」になる。

 慰める会では、椎奈ちゃんがいて如何に良かったかを、存在する筆舌の限りを尽くして語りまくった。あの子には、自己肯定感を持ってもらわないと。

 そう、俺よりも、眷属たちの自己肯定感の方が優先だ。「『亜人』とは、『心』のない『悪人』である」という、それこそ心無い発言で俺の心が傷ついただなんて、些細なことなのだ。うん。

 エギンめ。


 ん?

 エギンって、日本語書けるの?

 そもそも論として、言語化可能な思考が出来るの?


 パスのミスだろうか、こちらにボールが飛んできた。

 取りに来た女の子に投げ返す。ボールが彼女の手に収まると同時に、中学生ぐらいの少女もこちらに近づいてきた。細身で手足が長い。身軽そうな印象を抱く。彼女は笑って、「ありがとうであります」と礼を言ってきた。

 であります?

 地球侵略に来たカエル似の宇宙人のような、特徴的な語尾だった。


「ほら、君もちゃんとお礼を言うでありますよ」


 促され、ぺこりと頭を下げる小学生の目は、憐憫の情を帯びている。未だ、「青クズに纏わりつかれる可哀想な人」認識らしい。

 ベンチの側に立つハナミズキが、赤く色づき始めている。

 秋だなあ。物悲しい季節だぜ。

 立ち上がる。トボトボと、公園を後にした。


「あら?」


 背後から、どこか聞き覚えのある声がした。


「あら、あらら。いつぞやの、帝国に連なるお方じゃありませんか」


 振り返る。あ。


「占い師の、お姉さん?」


 二週間前の夏祭りで、俺のビジネスについて占ってくれた女性。確定した未来はないが、内憂に注意と言ってくれた。心当たりがあり過ぎる結果だ。

 その時一緒に、デートしていた(強制デートさせられていた)巴ちゃんとの相性も占ったのだけど、「良くて中の下」だった。別に巴ちゃんのことが嫌いと言うわけじゃないけども、ホッとしなかったと言うと嘘になってしまう。


「どうされました。浮かない顔をなさってますね」

「いえいえ、確かに秋は物悲しいですけど、浮いてますから。今すぐ浮けます」


 心配をかけてしまって申し訳なく思い、つい否定してしまった。しかし表現は間違えてしまった。浮いてるって、まるで周囲から浮いてるみたいだ。

 ここに引っ越してくる前と比べたら、確実に馴染んでいるはず。

 ちなみに、重力をすり抜けて浮くことならば、いつでも出来る。

 尋ねた。


「この辺りに住んでらっしゃるんですか?」

「ええ、まあ。というより、引っ越してきたばかりなのです。良い喫茶店を知りませんか? 私。コーヒーが大好きなんですよ。詳しくはないですけれど」

「知ってますよ。よく行きますから」


 もちろん、リスの妖精によって亜人認定される前までの話だ。驚くべきことに、一人暮らしの時には生活にかなりの余裕があったのである。管理人代行業務による小遣いと、あと家賃も安くしてもらえたし。


「教えてもらえませんか。いえ、一緒に来てもらえませんか。私、道音痴でして。奢りますから」

「喜んで。ついてきてくださいませ、こちらでございます」


 キリッとした声で案内する。

 その喫茶店は、公園近くの住宅地の奥にある。初見だと入りにくい、マイホームを一部改装しただけの、個人経営の店だ。俺も最初は、仲の良かった児童保護施設の先生に連れられて入った。親切にも武術のイロハを叩き込んでくれた人。

 師匠と呼んでもいいかもしれない。


「ここのコーヒーは、知っている中で一番美味しいんです」

「いい雰囲気ですね。あの青い子……あなたの彼女面をしていた女の子とのデートにも、使ったりするんでしょうか?」

「お金があったとしても、あの子をここに連れて来るつもりはありませんよ。何せやかましいですからね。店のシックな雰囲気をぶち壊してしまう」

「辛辣な評価をしますね。ダメな子だからこそ放っておけないのでしょうか?」

「そうなんですかねえ」


 巴ちゃんはヤバい子だが、ダメな子という印象はないかな。頭は化け物級に良いし、運動能力もかなり高いし。

 店に入る。背が高く、姿勢が良く、彫りの深い顔には真っ白な髭を蓄えた、迫力のある老人が、黙々と豆を挽いていた。彼はいつもあんな感じだ。最後に来た時からまったく変わっていない。百年先も変わらずああしてそう。


「彼がこの喫茶店のマスターです」

「『武術を極めた者』と書いてマスターと読みそうなオーラと貫禄ですね。実は人知れず世界を守っていると言われても納得してしまいそうです」

「同感です。マスター、しばらく来れなくてすみませんでした。いつものブレンドを。こちらのお姉さんにも」

「……反応がありませんが。聞こえてらっしゃるのですか?」

「大丈夫です。今に、俺の後輩(・・)が運んできてくれるはずですよ」


 師匠のみならず、保護施設自体がこの喫茶店と懇意にしており、被保護児童は希望すればここでアルバイトをさせてもらえる。俺は常連客だけど、実はバイトもしたことがある。

 給仕服を着ている、どちらかというと着られている感じの、巴ちゃんたちと同世代の少年が、辿々しい足取りでコーヒーを運んできた。見ていて危なっかしい。プレートにばかり気を取られて、足元が疎かだ。俺のことにも気づいていない。


「お、お待たせいたしまし……あっ! 昊刃兄ちゃん!」

「落ち着け。溢れちゃうだろ」

「その人は? まさか、恋人? 里火姉ちゃんという人がいながら?」

「違う違う。悲しいね。俺の一途な気持ちが、後輩に疑われちゃうだなんて」

「私、ここに引っ越したばかりでして。彼には、『良い喫茶店』の案内を頼んだだけなのですよ」


 後輩が、納得した様子で去っていく。

 熱いコーヒーを一口含み、満足そうに頷いてから、占い師のお姉さんは言う。


「本当に、とても美味しいです。香りも素晴らしい。ふふふ、こんなに落ち着けそうな場所は、私、他に知りませんよ。はい、落ち着いて聞いて欲しいのですけれど、ソラハくんに声をかけた理由は、このような素晴らしい喫茶店を教えてもらおうという企み以外にも、もう一つあったのですよ。あなたに少し、お話を伺いたくて」

「はい。なんでしょう?」

「実は私、本業は占い師ではありません。正式な所属は機密であるため言えませんが、大雑把に言うと、とある政府機関の一員でして」

「はあ」

「ここには、ある可能性を調査検分するために来たのです」

「ある可能性?」


 カップをゆったり傾けながら、優雅に、かつ呑気に聞き返す。実は占い師ではないらしいお姉さんは、こう答えた。


「連続色付き惨殺事件の犯人が、この街に潜伏している可能性」


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