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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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10 解決編


「たぬき?」


 突然出てきた動物の名前に、椎奈ちゃんが怪訝な顔をする。小ぶりかつ柔らかい顔立ち、くっきり二重の円な瞳、滑らかな曲線を描く鼻梁、ふんわりとした髪質など、お手本のようなタヌキ顔の彼女だが、その自覚はないらしい。

 キツネでもあり得なさそうな眩しい山吹色の髪が、椎奈ちゃんとタヌキの類似性を打ち消した結果、誰にも指摘されなかったのか。

 あるいは、指摘してくれるような友人がいなかったのか。

 深呼吸して、一気に捲し立てた。


「たたむたかたしたたた、たたおたれたたがたしょたうたがたたたくたたせたたいたのこたろたた、たこたたうたいたたうたあたたたんたごたうがたはたたやたたたったたてたたたいたてた」

「うわっ。とうとう昊刃氏が壊れてしまった。叩いたら治るだろうか」

「痛え。眷属化して増した力を振るうな、本当に壊すつもりか」

「すまない」

「いいよ。おかしくなってしまったのではなくて、昔を懐かしんでたんだ。『昔、俺が小学生の頃、こういう暗号が流行っていて』と言ったのさ。椎奈ちゃんの小学校では流行らなかったかな? 『タヌキ暗号』」


 そのままではよく分からない文字の羅列に、ヒントとしてタヌキの絵が添えられている、初歩的なクイズである。タヌキを「た抜き」と見做し、文字通り「た」を抜くのだ。すると、文字の羅列が、意味のある文章になる。

 あのテのクイズには他にもヴァリエーションがあって、例えばヒント欄には香川県(つまり讃岐(さぬき))が書かれていたり、あるいは「手を抜いて解きましょう」と注意されていたり、それらの複合だったりもした。

 俺が知っているもので一番高度だったのは、暗号文が番組への投稿メッセージ風に出題され、ペンネームが「香川県出身山梨県在住のタヌキ(♂)」だったあれかな。お察しの通り、香川県から「さ抜き」、山梨県から「やま無し」、そして「た抜き」で、「さ」「や」「ま」「た」を暗号文から排除すればいいと思ったのだけど、それでは意味が通らなかった。

 何故か? 実は、最後の「(♂)」も重要なヒントで、男だから「タマあり」、つまり、抜いた「た」「ま」を元の位置に戻さなくてはいけなかったのである。

 下品な問題だった。


「回想シーン要らないって言っただろ。しかも内容がどうでも良さ過ぎる」

「心を読むなよ椎奈ちゃん。プライバシーの侵害だぞ」

「プライバシーを守って欲しければまずコンプライアンスを守れ。で。その『たぬき暗号』というのは、今取り組んでいる謎解きと何の関係があると言うんだい?」

「おやおや、まだお気づきにならないとは。『賢明な読者ならお気づきかもしれないが』で言及されるような『賢明な読者』になれないぞ?」

「その文言、見る度に作者を殺したくなるよ」


 物騒な、憎悪に塗れた声音。とっても怖い。作者からの挑戦状を見抜けなかった日には、そりゃ俺だって悔しい気持ちを抱いたりすることもあるよ。けど、さすがに殺したいとは思わない。

 まあ、「その程度も分からない? バカなの? じゃあ教えてあげるけれど」みたいなスタンスで書かれていて、しかも著者名が「水晴巴」とかだったら、いくら温厚な俺であっても、助走をつけてぶん殴る。


「女装して青クズをぶん殴るだって!? 見たい! ぜひやってくれ!」

「もしそういう行為を強制されそうになったら、君も一緒に殴り飛ばす。さあ、謎解きするぞ。もう一度、問題文を読み上げてください、浜世椎奈さん」

「えー。はあ、えっと、

『そこにある笛の子を殺し、次に女を燃やし、横に侍らせて、

 左にいる彼を消せ。

 残った者は左方第一脚から十二歩、(しるべ)に従い道を切り開け。』

だよ。で、『そこにある笛』とはリコーダーのことで、リコーダーの子というのが誰なのか、あるいは何を表すのかを、昊刃氏は必死に……必死にふざけながら考えている」

「誰がふざけてるって?」


 しかも必死にって、日々をアイデンティティ獲得に勤しむ男子校生徒か。

 肩の力を抜いてリラックスしているだけなのに。種族表記が亜人になってから三ヶ月弱経って、突発的な非常事態への心構えも醸成されてきたぜ。

 場慣れしたというのもあるけど、何より、可愛らしい眷属たちにとって頼れるリ()ーダーであるために。

 ふふ、誤字だって?

 チッチッチ。


「そうやって得意げに人差し指を揺らされると、へし折りたくなるな。ん? 『たぬき暗号』、……あっ。ああっ! そういうことか! うわ、どうして気づかなかったのだろう。リコーダーの子を殺すってことは、つまり」


 リコーダーの「コ」を、排除する。

 すると、リコーダーは「リーダー」になる。


「ふむふむ。クラスのリーダーと言えば、やっぱり委員長だな。昊刃氏、このクラスの委員長は誰だい?」「ん? それは、この暹朋希くんだけど」

「なるほどなるほど。ではこの調子で、燃える女と、左の彼を特定しよう!」


 首を横に振った。椎奈ちゃんの意気込みを、明確に否定する。


「最初のアイデアにこだわり過ぎるな。向いた方角が前になる。間違えたまま前進すれば、すべてパーになっちまうぞ」

「ズキッときた。耳が痛いぞ昊刃氏。鼓膜が敗れ血と脳汁が垂れてきそうだ。さては私の人生そのものを批判しているな。正論ハラスメントだ」

「ハラスメント認定するな。しかし、クラスのリーダーと言えば委員長という連想は正しい。そしてそれこそが、解決の糸口だ」


 最初の文節の意味さえ分かれば、あとは芋づる式に解ける問題だ。

 黒板に、大きく「委員長」と書く。

 縦に書く。


「ここに女が一人いるだろ?」「あ」


 チョークでカッと、「委」の下にいる「女」に丸をつける。


「『女』を燃やせば火だるまになる。火になった彼女を、『禾』の隣に侍らせる」


 現れるのは、四季の「秋」。

 説明を続ける。


「『左の彼』の『左』とは? ここで席順シートのお出ましだ。一番左の列にいる生徒たちの、最初の漢字を並べると」


席順:

秋 山日菜  斎藤宏   江坂尚彦  暹朋希   南里帆

口 木直哉  鳥矢赫義  及川蔀美  策剛絵梨  林健太

貝 原和人  篠真希:故 志垣洋子  室千亜希  佐伯奈恵

長 澤桐世  木村誠太  田中一郎  白西里火  真壁こより

[空 席]  坂城十四郎 鈴木昊刃  仮結衣鈴愛 那智香


「秋」「口」「貝」「長」。

 合わせて、「秋員長」。


「『彼』とは、『委員長』が変質した『秋員長』のことだろうな。問題文の言う通りに、こいつを消す」

「しかし。そうすると、長澤氏の後ろは誰もいないぞ。何も残らないじゃないか」

「違う。誰もいないんじゃない」


 確信を持って言う。


「『空席』なんだ」


 だから残るのは、「空」。

 このクラスで名前に「(そら)」が入っているのは、「鈴木(そら)刃」、つまり俺しかいない。見た目の漢字は違うけど、「昊」とは「太陽明るく輝く大空」のことで、すなわち空の一種として考えていい。

 ご丁寧にも、問題文の最後では、「道を切り開け」という発破がかけられている。切るものと言えば刃。まあこれは、ヒントというよりは、検算みたいなものだろう。

 俺の机に向かい、左前足に踏まれた木のタイルを引っ繰り返す。

 果たして、裏返されたタイルは緑色の光を放ち、(しるべ)、つまり矢印を示した。正解だったらしい。ミステリーのことはほぼ何も知らないけど、この暗号は、多分そこまで難しい方じゃないな。

 思えば、シートを見て席順が違うと勘づいた時、その辺りに何かあるのでは、とすぐに疑いを持つべきだったかもしれない。秋山さんと貝原くんは元の通りの席だったけど、口木くんは志垣洋子さんと、長澤さんは佐伯奈恵さんと入れ替わっていた。

 浮き上がる矢印の方向に合わせて、タイルを裏返しまくる。

 十一枚。次が最後だ。


「何があるんだろう。ワクワクしてしまうね。脱出ボタンかな?」

「さあ……、紙?」


 手に取る。こう書かれていた。


『「亜人」とは、「心」のない「悪人」である』


 えっ。

 虚を突かれたその時、天井から何かが落ちてきた。

 エギン。異形のそれに、咄嗟に飛び退き身構える。

 無意味な動作だった。謎を解かれたが否や、化け物は死んだのだ。亜人(おれ)をこの場に縛り付けるため、自分もこの場に縛り付けられていたらしい。

 俺たちを閉じ込めたのは、何のため? せっかく敵を閉じ込められたのに食事にも行けないのでは、まったく無意味ではないか。他にも仲間がいるとか? いや、奴らは協力プレイしないって、リーが言ってたし。

 もやもやした気持ちを残したまま、教室から一歩出る。

 いつもの廊下が広がっていた。


「謎、ちゃんと考えてこれかよ」と言われたら泣きます。

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