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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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5 修理


「へえ。公立の高校ってこんな感じなんだ。少し質素だな」


 キョロキョロと教室を見回しながら、私立美國中学校の生徒である椎奈ちゃんはそう言った。質素などと上品な言葉を使ってくれているけど、心の中で安っぽいと感じていることははっきり分かる。

 そりゃあなあ。資金が潤沢で、しかも当初はお金持ちのお嬢様向け学校として設立された、私立女子校様と比べられたらよお。

 ガランとした教室。日曜日にもかかわらず、俺は学校に来ていた。眷属にして中学生魔法少女である椎奈ちゃんを連れ立って。

 理由は、白西の実体付き幻影を生み出す装置が故障したことだ。誰にも見られない休日に、あくせく直しに来たのである。製造元の妖精リーは、「半年は保つよう作ったはずネ。まあでも、こういうことはよくあるヨ」などと宣っていた。

 取付どころか修理すら顧客に任せるとは、お助け妖精の名が泣くぜ。

 作業に励む俺の隣席に、椎奈ちゃんが座る。この子の同伴に深い事情はなく、単に一緒に行きたいと言われたから、要望を叶えただけである。


「手先が器用だね。左手には手袋もしてるのに。厨二病のお兄さん」

「中学二年生に厨二病呼ばわりされたくないね。特にここ、俺の縄張りと言っても過言ではない、高校二年B組の教室では」

「強い縄張り意識だなあ。ワンちゃん?」


 形だけではあっても主である俺を犬呼ばわりとは、酷いぜ。

 俺が君を噛んだことはないけど、君は俺をもう三回も噛んだだろうが。

 ナイフで刺し、巨人を差し向け、祭りで仕掛けてきた。


「手先が器用なのは、椎奈ちゃんもでしょ。料理の手際を見るに」

「まあね。でも多分、青クズの方が器用だよ。ムカつくけど。しかし、桃架氏はかなりブキッチョだな。なんというか全体的に、すごい大雑把だ」

「そうなのか? ふうん。まあでも、本人に面と向かってストレートに指摘するのはやめろよ。桃架ちゃんは天真爛漫そうに見えて、かなり怖いから」

「うん? 天真爛漫? 同じ色付きとして、一年生の頃からさりげなく観察していたけど、桃架氏に対して、そんなイメージは持たなかったな。悪い印象があったわけじゃなくて、一群を率いる良いボスという感じ」

「へえ。知らなかった」

「昊刃氏の前では猫を被ってたんだろう。本性を表し始めたのは、青クズをも許容する昊刃氏の懐に、多少なら自分を曝け出しても大丈夫と判断したか」

「なるほど」


 参考になる意見だった。椎奈ちゃんは賢くて冷静だ。それがああも反社会的な天皇崇拝者になってしまっていたのは、浜世家の底辺というポジションが、本当にストレスだったからだろう。正常な判断を下せる状態じゃなかった。

 精神の崩壊も近かったのではないか。

 今も回復の途上なのだとしたら、俺にも何か手伝えることはないだろうか。巴ちゃんなら、甘い物を与えて三十分ぐらい話し相手をしてやれば、機嫌がすぐ戻るのだけど。

 あの頭の良さであの単純さは、素直に羨ましい。


「頑張るね。修理」

「白西は、八年前に引っ越してきた時、孤立無援の俺を初めて受け入れてくれた大恩人だからな。彼女のためなら無限に頑張れる」

「好きなのかい? 恋愛的な意味で」「そうだな。好きだよ」

「健気な昊刃氏を見てると、なんだか嬉しくなってきちゃうな。不純物のない(ひた)向きさが、私にとっては新鮮なんだ。その気持ち、応援しよう」

「ありがとよ」


 真っ直ぐなエールを送られる。椎奈ちゃんの方が三歳も年下のはずだけど、人生の先輩と会話しているような気さえした。

 生まれた直後にはもう無能であると決まった、その生き地獄に耐えるために、成長せざるを得なかったのか。というか、不純異性交遊を目指しての点数稼ぎ行為を不純物のない直向きさと捉えるだなんて、どれだけ濁ったものを見てきたんだ、椎奈ちゃんは。

 千七百年もの間クローズドサークルの状態が続いて、浜世家内部は非常にドロドロしているらしい。昼ドラというよりかは、末期の王朝の如く。序列至上主義で、かつ激しい派閥争いもあるのだとか。聞くだけで気が滅入る。

 俺が椎奈ちゃんだったら、十歳になる頃には出奔していたかもしれない。尤も椎奈ちゃんも、万年最下位で誰からも相手にされないため、ちょうど十歳になった辺りで、父以外の連中とはほぼ連絡を取らなくなったとのことが。

 事実上の絶縁状態だった。故に、浜世家の常識である亜人の特徴、そして亜人を発見した時の対応方針を、俺との初邂逅時には知らなかったらしい。

 あの後で、父の資料で勉強し、彼女は知った。


 曰く、亜人は色付きを魅了し、眷属にする。

 曰く、亜人がこの世に現れれば、それを捕らえて調べ尽くし、最後に(すめらぎ)を真の神とする儀式に利用すべし。

 曰く、亜人を放置すると、世界が滅ぶ。


 色付きの魅了については、巴ちゃんという例もあるし、まああるかもねと思わなくもない。しかし、二つ目については完全なる人権侵害だし、三つ目に至っては、どう滅亡するのかなどの具体的な情報が一切ない。眉唾だ。

 しかし。浜世家のご先祖様は、どうやって亜人を知ったのだろう。リーによると、世界に一人だけの存在じゃなかったのか? あくまで「同時点で」という意味か?

 先日の椎奈ちゃんからの事情聴取後、問いただしてみたところ、奴はこう言った。


「ボクの他にも妖精がいて、同世界だが異なる時代の亜人を管轄している可能性は、ないとは言えないネ。けれど、もっと高い可能性としては、亜人が存在した世界からの転生者がいて、そこから伝わったことヨ」


 異世界転生とは、小説や漫画、アニメにおける有名なジャンルだ。あまり嗜まないけど、存在は知っている。とはいえ、想像力豊かな人間によって作られた御伽噺としか……。でもまあ、亜人(おれ)というフィクションキャラクターっぽい設定の輩が堂々と現実にいる以上、笑い飛ばせる仮説でもないか。

 考えているうちに作業が終わった。


「ふう、終わった。帰る前に少し休ませて」

「もちろんいいよ。お疲れ様」

「あまり楽しくなかったろ? せっかくついてきてもらったのに、ごめんね」

「昊刃氏とは、一緒にいられるだけで楽しいよ。なんたってかっこいいしね」

「褒めても何も出ないんだからね。帰りお寿司寄ってく?」

「さすがに悪いな。ラーメン奢ってよ」


 お安い御用過ぎるぜ。

 女子中学生にかっこいいと言われて、たとえお世辞であったとしても、嬉しくない男などいるだろうか。いるかもしれないけど、俺はそういう希少種ではなかった。舞い上がってしまいそうだ。ふわふわする。

 羽が生えたように、体が軽い。

 …………ん?


「まさかっ!?」


 立ち上がる。椅子が倒れた。


「エギン!?」「えっ」

「すまない、ラーメンは後だ」


 とりあえず、学校から出よう。スライド式の扉に、勢いよく手を掛ける。

 気が急いてるな。人型エギンのような強力な敵が出たらと、つい焦ってしまうのだ。

 落ち着け。廊下は走らない。


「は?」


 いつもの教室から上靴で踏み込んだ先は、いつもの廊下ではなかった。

 いつもの教室だった。


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