4 お約束
化け物との初邂逅の翌日、土曜日。特殊な進学校に通っているわけでもないので、学校は休みだ。
平日よりもゆっくりめ、午前八時に起床する。豆、ゴボウ、鳥のささみをごま油でテキトーに炒め、これを以って朝飯とした。
化け物によって理性を失った白西と富良野母にも与える。昨日の夕食時にはすでに、左手で肉体的本能を抑制してやれば、日常作法に基づいて食事を行うと判明していた。
睡眠時にも、布団を与えれば勝手に敷いて寝てくれる。トイレも自分で行く。風呂にも自分で入る。献身的な介護は必要なさそうだ。正直助かる。
「食欲と睡眠欲は、こちらで最低限の準備をすればあとは自前で満たしてくれるとして。うん。ところで三大欲求の残る一つ、性欲はどうなんだい? 世話する必要はあるのかい?」
「性欲は魂由来の衝動だからナ。特に気にしなくてもいいダロ」
「そうなのか…………」「残念そうダナ。すごく残念そうダナ」
「あ。桃架ちゃんからメッセージだ」
左手でスマホを取った。画面を覗き込む。
『昨日ちょっと話した髪の色がヤバい子、会ってくれるって言ってます。どこがいいですか?』
「どこで会うのがいいんだろう。別にここでもいいけど」
独り言ち、少し考えて、室に相談してみる。すぐに地図が返ってきた。桃架ちゃんとのメッセージ欄に転送する。
『室によるとここがいいそうです』『了解です』
余裕を持って十時に待ち合わせと決まった。
歯磨きする最中、リーが後ろから話しかけてくる。
「眷属には人数制限があるネ」「ホーン」
「ソラハの場合は、せいぜい三人と言ったところヨ。少しでも戦いに向いていないと思ったら、契約しない方がお互いのためネ」
うがいする。水を吐き出してから訪ねた。
「桃架ちゃんに適性がなかったら?」
「契約を解消すればいいネ。モモカからは切れないが、ソラハからは可能ヨ」
「対等な契約ではないんだな。そりゃそうか。眷属契約なのだし」
「あともうひとつ、ソラハの宝玉は、エギンを倒すごとに、奴らのソウルエナジーを吸い取って格が上がっていくヨ。それに応じて眷属のレベルも上がっていくネ。戦闘時の見た目がどんどんゴージャスになってくから分かりやすいヨ。初期コスチュームはみすぼらしいネ」
どうにも、魔法少女お約束の変身があるらしい。初期コスチュームがみすぼらしい点は少し心配だ。魔法少女に憧れのある桃架ちゃんにガッカリされて、契約の解消を申請されなければいいのだが。
「ソウルエナジーとやらは、アイテールとは違うものなの?」
「全然違うネ。アイテールはミネラル、ソウルエナジーはタンパク質ヨ」
分かるようで分からない喩え。
契約するにせよしないにせよ、無関係の少女を少しでも巻き込んでしまう罪悪感に苦しまれながら、靴を履き、外に出る。
「連れてきました!」
さっき室から教えてもらった、「人目につかない空き地」で待つこと十五分、ピンク髪の少女富良野桃架ちゃんが、例の同級生を連れてやってきた。
タヌキ顔の女の子。フードで頭を隠している。
「あれ。室さんとリーちゃんは?」「室は風邪。妖精は白西たちを見てる」
「こちら浜世椎奈ちゃん。隣のクラスの子だよ。それっ」
自己紹介の隙も与えず、桃架ちゃんは浜世さんのフードを剥がす。事前に聞いていた通り、金髪どころではない真っ黄色だった。非現実的な山吹色。
桃架ちゃんと並ぶと女児向けアニメ感が増す。初代はそこまでカラフルでもなかったが、ぶっちゃけありえない。
俺の周りは黒髪や茶髪だけだ。派手に髪色を染めたら顰蹙を買う。
「ホントは青い髪の子もいるんだけど、連絡先も住所も知らなくて……」
「君たちの学校名、サンク◯ミエール学園とか七◯ヶ丘中学校とかい◯ご坂中学校とかだったりする? えっと、桃架ちゃんと浜世さんの関係は? 友達?」
「赤の他人。話したことないけど呼び出したら来てくれたよ」
「お忙しい中すみません浜世さん。俺の名前は鈴木昊刃と言います。実のところ、折り入って聞いて欲しいことがありまして……」
「ふむ。なるほど」
来ていただいた側だし、頼み事も頼み事なので、年下の中学生と言えども相応の敬意は払う。山吹髪の少女は、鷹揚に頷いた。
なぜ呼ばれたのか、聞かなくとも分かっているとでも言いたげな態度だ。こちらの要望は、「俺と契約して魔法少女になってよ」という、誰であっても耳を疑うだろう内容なのだが、そんな荒唐無稽な依頼を事前に予測出来たとでもいうのか。
まさか。しかし自信たっぷりだ。マリトッツォのクリームが如く。俺の人生で、今この少女が胸に抱いているほどの自信を持ったことがあるだろうか。ないに決まっていた。
ゴクリと唾を呑む。カッと目を見開き、腕を組み、歴史に残る名ピッチャーばりに力強く足を踏み込みながら、浜世椎奈はこう切り出した。
「さてはお前たち。我が革命活動の賛同者なのだろオっ!?」
だろオっ。
だろお…………。
空き地に残響が轟く。
生憎「革命」などという言葉とは馴染みのない人生を送ってきた俺は、彼女の発言に込められた意図を察せず、ただただポカンとするより他はなかった。