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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第2章 Violet

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1 かわいそう


 八月三十一日、夏休み最後の日。

 午後三時四十五分。時期的にも時間的にも暑さのピークは過ぎているはずだが、太陽熱を溜め込むコンクリートの道の上は、まだまだ高温真っ盛りである。

 公園に寄り、屋根付きベンチに座った。夕飯用の食材が入ったエコバックから、自分のためのアイスを取り出す。

 ラムネ味だ。口に運ぶ。


「格別だなあ」


 夏祭り、屋台で買って飲んだラムネとは、だいぶ味が違うけど。アイスの方が安っぽい、だがそれが良い。棒には何も書いていなかった。ハズレか。

 目線を上げた。空が青い。

 明日から学校か。教師たちも根性がある。六日前、祭りも佳境というところで人型の化け物が現れ、暴れ回ったばかりというに。被害者には自校の生徒が複数含まれていた。

 街にも恐怖が蟠っている。子供を外に出したくない家庭も少なくないだろう。

 俺だって、何も知らない一般人なら、こうしてのほほんとしていられるか。

 恐慌状態に陥ることなく、スーパーに行った帰りに、呑気にアイスを食べていられるのは、「何も知らない一般人」じゃないからである。一般人どころか、「人」からすらちょっとズレている。

 左の掌に脈づく、不気味な赤い玉。

 リスの妖精リーは、これを「紅の宝玉」と呼んだ。宝かどうかはともかくとして、すごい力を秘めているのは確かだ。赤玉から放出されるエネルギーを纏うと、物質、重力、さらに位相の壁もすり抜けられる。つまり、完全犯罪も夢じゃない。しかし悪事を働かず、未だ清廉潔白な身の上であることを、誰か褒めて欲しいものである。

 まあ、能力による犯罪行為への誘惑は、さして大事な話じゃない。重要なのは、赤玉を持つ者、すなわち「亜人」と、及びその眷属だけが、異界から現れ人の理性を喰らう化け物「エギン」と戦えるということだ。人類側の唯一の希望として、この二ヶ月と少し、現れる化け物どもをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返してきた。

 で、エギン侵入の前兆として、亜人(おれ)の体は軽くなる。

 正確には軽く感じる。今日はいつも通りだ。人型エギンの例外はあれど、新しく眷属になった浜世椎奈ちゃん曰く、ああいうイレギュラーはそうそうないらしい。本日、エギン様方ご訪問の予定はなし。

 仮に現れたとしても、対処する力がある。

 恐れる理由は皆無だ。

 ピリピリとした街の雰囲気などどこ吹く風。ベンチにグデンと凭れかかり、ひたすらダラダラする。神経質な人に見られたら、正気を疑われてもおかしくない態度だった。

 たまらねえぜ、自分だけは精神的優位にいられるっていう状況はよぉ。

 今ならなんでも許せそう。

 などと、心の中で密かに低レベルなマウントを取るのと同時に、小学生と思しき女の子の集団が、ゾロゾロと公園に入ってきた。数えると、六人。楽しそうにおしゃべりしながら、バスケットゴールの前で立ち止まる。

 グッパでチーム分けして、3 on 3で試合を始めた。

 あれ? 意外とみんな余裕なの?

 ビクビクしている様子はない。極めて自然体だった。タフだね。グッド。化け物や避難指示如きでは、変わらない人たちもいる。

 にしても、バスケットボールか。時々すり抜けてしまう左手がディスアドバンテージ過ぎて、自分の中では苦手スポーツとして分類していた。体育の授業でやる程度の付き合いだった。細かいルールは知らない。知っているのは、ボールを持って動く時にはボールをダンダン突かなきゃいけないとか、ラインの外側からゴールを決めると三点もらえるとかぐらい。

 白西も好いてなかったし、ほぼ関心の外だった。

 けども、波動エネルギーを制御出来るようになった今、ちょっと興味が湧いてきている。小学生に興奮する変態として見られない程度に、それとなく観戦する。

 俺はド素人。偉そうなことを言える立場じゃないが、皆々、お世辞にも上手いとは言えなかった。動きに精彩がない。でも頑張っていた。溌剌としていた。

 両手投げされたボールが、ゴールの輪っかに弾かれた。

 惜しい! でも良いシュートだったよ! と叫びたくなったけど、白熱した雰囲気をぶち壊しにする上、しかも不審者扱いされるのは目に見えていたので、我慢する。

 ベンチから立ち上がった。そろそろ帰って夕飯を作らないと、部下たちの腹の虫をちょうどいい時間に鎮められないぜ。健康な精神は健康な肉体から。

 巴ちゃんのねじ曲がった性根を、食育によって改善する計画が進行中。

 コード:「デ◯シャスマイル・プラン」。


「ん?」


 眉を曲げた。デジャブか? 振り返る。

 特徴的な青髪の、見た目だけ(・・)は美しい少女が、公園に入ってきた。

 (くだん)の巴ちゃんである。どうしたんだろ。散歩かな。数学の証明問題で煮詰まったのか、それとも桃架ちゃんと喧嘩したのか。

 彼女は真っ直ぐ、バスケットゴールの方角へ。

 試合に興じる小学生たちに対し、腰に手を当て、威圧的に見下しながら、煽るような口調で言い放った。


「ダンダンダムダムうるさいのよ! ムカつくから散りなさい!」


 空気が凍った、気がした。夏なのに。

 バスケっ子たちが固まる。当然の反応だった。バスケットゴールの前でバスケットボールをする、誰に責められるはずもない健全な遊びの真っ只中で、いきなり文句を付けられる。しかも、自分たちよりも年上の、美人で強者そうな人間に。

 俺でもタジタジになるだろう。

 巴ちゃんはさらに続けた。


「大体さぁ、今どんな状況か分かってるのかしら? 化け物にお祭りをぶち壊されて、被害者もたくさんいて、とても大変な状況なのよ? それを呑気にバスケットボールだなんて、少しは周りの人たちの気持ちを考えたらどうなの!? 自粛しなさい! 自粛!」


 周りの人たちの気持ちを考える。それって、君が一番出来てないよね?

 鋭く、自信ありげな声に、項垂れるバスケっ子たち。泣きそうな子もいる。

 巴ちゃんは「青クズ」として近所で有名らしいけど、すこぶる納得した。あんな悪質なクレームを日常的に付け回っているのだとしたら、人望はマイナス無限大へ発散するに決まっている。先ほど「なんでも許せそう」などと言ったけど、前言撤回だ。あれは許せない。

 止めに入る。


「巴ちゃん! 何やってるんだ! ごめんね君たち、ちゃんと叱っとくから……」

「昊刃っ♡」


 満面の笑みを浮かべて、腕にギュッと抱きついてくる巴ちゃん。

 胸を反らして、自慢げに主張する。


「ふふん、見なさい! かっこいいでしょ! 私の伴侶になる男よ!」


 まるでそれが決定事項かの如く、堂々と宣言した。

 バスケっ子たちから、かわいそうな奴を見る目で見られた。

 俺も自分が、かわいそうだと思った。


胸糞クレームでスタート!

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