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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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42 浜世椎奈


 高密度の波動エネルギーは、位相を超える。

 そして真紅に光る。赤に輝く。

 赤は「大」と「火」。すなわち大いなる火。儀式の炎。悪なるモノを祓い清める。

 此岸の人を燃やし、彼岸の霊を炙る。

 俺は燃えている。熱くはない。心は熱い。


 左掌は死ぬほど、ちぎりたくなるくらいには痛い。


 指揮者が如く、腕を振り上げた。

 人型エギンに火が灯る。炎の渦に巻かれる。

 奴は、「ズレた世界」から「この世界」にシフトした。しかしすり抜けない。一秒に満たない時間だけ硬直したのち、今度は高速で動き回って消そうとする。しかし消えない。

 グラウンドの近くには溜池がある。人型エギンはそこに飛び込んだ。

 水が蒸発する。エギンはポツリと残された。真っ赤に燃えたまま。

 この火は絶えない。

 そう悟ったのだろう。消火を諦めて、俺に飛びかかってくる。

 指を鳴らした。エネルギー放出の勢いがさらに強くなる。きっと煌々と、本来は真っ暗な宵闇を照らしている。

 赤に。赤の原色に。血の色に。

 人型エギンは近づけない。エネルギーの密度が濃過ぎて、血中を歩いているような感覚を味わっていることだろう。かと言って、泳ぐのに必要な浮力はないものだから、俺ですらこの赤き火の中を、満足には動けない。

 奴にも意地があるのか。無理を圧して近づこうとする。一歩、一歩と足を前に出す。しかし、小さな一歩は小さな一歩だ。ちょっとでもバランスを崩し、押し戻されれば、たちまち帳消しにされてしまう。

 アイテールを奪う恐ろしい矢も、伸縮自在の鋭い棘も、俺には届かない。


 燃える。燃やし尽くされる。

 人型エギンの強靭な体が、塵と化していく。

 ポロポロ。ボロボロ。ポロポロ。ボロボロ。

 灰が、炎を遊泳する。


 元は三メートル程度あったのに、俺と同じくらいの大きさまで縮んだ。互いに手を伸ばしてもギリギリ触れられない場所で、奴は止まった。

 顔を上げる。揺らめく火の中、屈折し、曲がり、歪み切っていて、誰が誰だか分かるはずもなかったのだけど、しかし、この前会ったばかりの人間だった。

 人間だった。

 目を見開いて驚愕する。人間であるという事実に。その人間が、見知った人物であるという事実に。

 人型エギンは、浜世椎奈の父親そのものだった。


「亜人」


 彼は膝を突く。焦げていく。


アカの亜人(・・・・・)


 死んでいく。


「娘を」


 遺言を終えられぬまま、崩れ落ちた。彼のいた場所に、コロリと結晶が転がり落ちる。直後にエネルギー切れした。

 赤い火が絶える。制限時間が来た。ああ。暗闇だ。

 夜空を見上げる。目がチカチカして、星はロクに見えない。

 これまでにないぐらい疲れていた。これまでにないぐらい痛い。

 呆然と考える。


 俺、人を殺したのか?


 虚無感に浸った。全身が軋みを上げる。転がるように倒れ込む。すぐそこに、アイテールの結晶があった。

 左手はしばらく動かない。胴を捻り、右手で掴み取る。胸と顎を引き摺りながら、足で押して前進した。腿と腹筋に力を入れて、どうにか立ち上がる。

 白西を元に戻す。

 一緒に登校して、また機会があれば、歩きスマホを注意するんだ。

 隣にリーがいた。俺のスマホを持ち上げ、言う。


「ムロからメッセージが来てるヨ」

「あいつ、無事だったのか。良かった……」

『鳥矢が』


 呼吸が詰まりそうになった。急いで返信を送る。


『鳥矢はどこにいる』


 示された位置は、グラウンドのすぐ近く。桃架ちゃんが来てくれなければ、間違いなく被害の及んでいたポイントだった。

 辛さも忘れて走る。

 左手が満足に動かないから、バランスが上手く取れない。その上疲れ切っているとはいえ、亜人の脚力は只人のそれを凌駕する。

 すぐに到着した。

 電灯の下で、鳥矢は泣いていた。停電は避けられたらしい。泣き顔が、白い光に照らされている。理性を失っているようには見えなかった。彼は「人」のまま、自らの悲嘆に従って涙を流していた。

 車椅子に、彼のおばあちゃんが縛り付けられていた。拘束から逃れようとジタバタもがき、言葉にならない声を発し続けている。

 車輪がギシギシと音を立てる。

 もう長くないって。

 鳥矢はさっき、弱々しくそう言った。畜生。瞼を閉じると、孫と祖母が手を繋いで、祭りを楽しげに回っている。幻覚だ。

 あったらいいなという願望だ。

 喉がカラカラに乾く。余命僅かな老人だ。暴れて無事で済むほど、体に若さが残っているはずもない。もう少しも経てば、あのおばあちゃんは死ぬだろう。

 ふ、と口から空気が漏れた。


 アイテールの結晶を、リーに渡す。彼は優しく受け取った。

 自嘲の笑みを浮かべる。馬鹿だなあ。本当に。

 愚かな決断を、誰かが鼻で笑っている気がした。過去の自分だろうか。未来の自分だろうか。

 汚れるのも構わず、電柱の下に座り込んだ。ここで汚れるまでもなく、今日の晴れ着は、とうの昔に汚れている。


「椎奈ちゃん」


 呼びかけた。曲がり角から、刃物を持った、山吹髪の少女が現れる。

 彼女は小声で呟いた。「天皇様万歳」と。

 嘘臭くて嫌になるぜ。

 戯けた調子で問いかける。


「君たち家族の愚かな選択には、何か理由があるのかな?」


 ビクリと肩を震わせた。立ち竦む椎奈ちゃん。

 まだ重い左手を、右手で持ち上げた。彼女の前に差し出す。愚かにも。

 嵌めていた厨二病的手袋は、いつの間にかなくなっていた。外れたか、無意識に外したか、あるいは燃えてしまったのか。

 椎奈ちゃんに赤玉を見せるのは、初めてだ。

 鉱物質のそれが、ドクンドクンと脈打つ。我ながら気持ち悪いぜ。

 コンクリートの道路に、刃物がからんと落ちた。


「ふふ。その玉は、見るからに痛々しいな」

「どういう意味で?」

「そういう意味で」


 二つ目の問いは、はぐらかされた。一つ目に対する答えは、後で詳しく尋ねるとして。

 三つ目にして最後の問いだ。


「さて、椎奈ちゃん。次はどう失敗(・・)する?」


 彼女は恭しく片膝を突く。まるで、新たな忠誠を誓う騎士のようだった。

 そして愚かにも、「赤の亜人」の赤い玉に、柔らかな口づけをした。


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