3 ホットスポット
「なんでっ! ……なんでこんな子生まれたの?」
家族からの異物扱い。
「気持ち悪い! 近寄らないでっ!」
「妖魔の子とは遊ぶなって、お父さんが……」
周囲の拒絶。
「せんせー、ロッカーから筆が無くなりましたー」
「すり抜ける手で取ったんじゃないの鈴木が」「怪し〜」
謂れのない濡れ衣。
運が悪かったのか、それとも良かったのか。トラック転倒事件に巻き込まれ、両親が死んだ。姉は父の実家、兄は母の実家、そして俺は児童養護施設に引き取られ、新しい生活が始まった。どうせ何も変わらないと思っていた。
この奇妙な左手が体に引っ付いている限り、ずっと。
だがしかし。
「よろしく転校生。ランドセル忘れちゃったから爆睡するしかないんだけど、どうにかして隠してくんない?」
自己紹介で左手の異常性に言及したにもかかわらず、だ。
嫌悪するでも好奇を抱くでもなく、ひたすら不真面目なことを言ってくる、気さくというか無遠慮で、サイテーで最高の、そして俺の人生観を塗り替える力を持った女子が隣にいた。
「頼むー転校生、麦飯分けてあげるからさー」
そいつが白西里火だった。
◇◇◇
目を覚ました瞬間、鬼の形相で襲いかかってくる白西。
反射的に左手を向けた。途端に大人しくなる。妖精リーは頷いた。
「ソラハの左手で暴れないよう制御可能ネ。パイプがちょっと活性化するヨ」
「日常生活は?」「補助してやレバ。自立は無理ネ」
「学校には行けないな」
先生にどう説明しよう。
室の家に避難してから一時間後、止まない雨に紛れ、白西と富良野母を連れ帰宅した。気絶した人間を一度に二人運ぶのは無理だったから、走って往復した。
当然だがかなり大変だった。体力面だけでなく、見られたら人攫いとして通報されるという強い恐怖もあったからだ。
「男子高校生一人には広過ぎる部屋だけど、四人と一匹いると手狭に感じるぜ」
「ごめんなさい……迷惑をかけて」
「桃架ちゃんのせいではないでしょ」
「私はともかく、お母さんと白西さんは昊刃さんの部屋に住むしかないのでは」
「うん……なあリー。被害者はこの二人だけか?」
「そうと考えるのは楽観的過ぎネ。多分他にもいるダロ。それに、エギンの発生は此度が初めてじゃないヨ。三ヶ月前にアフリカで一体出現してから、今日で五度目ネ。出てきたエギンは雑魚だったカラ、いずれも途中で力尽きたけれど、被害者は五十人を超えるヨ」
「理性のなくなった人たちはどうしてる? まさか檻に閉じ込めているとか」
「心配ご無用ネ。全員死んだヨ」
言葉に詰まる。
「アイテールを喰われた人間は、放置すれば五日と保たずに死ぬネ」
「は? ……は? なんだと? じゃあ白西も」
「放置すれば、ネ。昊刃が定期的に触れてやれば、少なくともすぐには死なないだろうヨ」「すぐには死なないって」
焦りが募る。たとえ三日で死なずとも、一ヶ月で死ぬのなら。一週間経てばくたばってしまうのでは。早く強い化け物を倒して、結晶化したアイテールを確保したい。
桃架ちゃんの瞳が揺れる。そうだ、この子のお母さんも助けなければ。
「いや、ちょっと待て。化け物は、エギンとやらは、世界のどこにでも発生し得るものなのか? 亜人と持ち上げられたところで、瞬間移動とかは出来る気しないぞ」
「透圧が低下し、地球にエギンがやってくるのを防ぐことは出来ないネ。でも、ボクの力があれば、透圧の低下を昊刃の周りだけに限定し、エギンの発生をこの辺りに集中させることは可能ネ」
「俺がいる場所をホットスポット化すると? 疫病神の爆誕だな。亜人ってのは他にいないの?」
「一人だけネ。一名様限定ヨ」「は。そういうの、初めて当たったな」
重圧で縮みそうだ。とはいえ、遠い地で人が為す術もなく蹂躙される様をただただ想像するしかないよりは、俺が疫病神になった方がマシだろう。
「いや。化け物は強くなるし数も多くなるんだろ? 無茶では? 警察や自衛隊に協力してもらうのは」
「やめといた方がいいネ。ダボついた組織では、未知なる恐怖に即応不可ネ。余計な不確実性要因は増やしたくないヨ。さっきも言ったが、味方の数は眷属増やしで賄エ」
「あー。桃架ちゃんを魔法少女にってか? どうやって契約するんだ? そもそも本人の意思を聞いてないが」
「私なら、その、大丈夫!」
勢いよく、前のめりになって言った。無理しているようには聞こえない。魔法少女に憧れでもあるのだろうか。
あと、魔法少女というからには、やはり男ではダメなのか。
「化け物と戦うわけだし、危ないんじゃ──」
「左手の宝玉にキスさせれば眷属契約は成るヨ」
「チュッ」「躊躇がない」
「うおおーっ、なんかパワー漲ってきたーっ!」
「エナドリより劇的」
正気を失った母親に体のあちこちを噛まれ、雨風吹き荒ぶ中を傘なしで逃げ回った桃架ちゃんの顔色は、明らかに悪かった。それが覇気で溢れ始めた。
掌の赤玉を眺める。見慣れたモノであるはずだったが、こうもマジマジと見つめたのは久しぶりだった。隠そうとするばかりで、碌に向き合ってこなかった。
人を元気にさせられるのか?
お前は、世界を救えるのか?
拳を握る。とにかく、白西を助けたい。
「未だ穴は小さいネ。しばらくエギンは現れないダロ。体の重軽には注意シロ。とりま、今のうちに眷属を作るがヨロシ」
妖精リーは、俺たちにこう問いかける。
「他にはいないノカ? 色付き……地毛の色が派手な奴ハ」