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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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38 不発弾


 地域で開催される夏祭りは、「今」に対しての、「古き時代」による最後の抵抗の一つであると言える。

 狭いコミュニティで長期的な友好関係を保つための(くびき)、あるいは閉鎖的な環境によるストレスを発散するための遊びだったそれは、今や形骸化した。骨抜きになった。

 時代の流れによって、本質的にほぼ必要なくなったからだ。

 そして、消費者から金を落としてもらうための、記号的なイベントと成り果てている。競合相手はテーマパーク。

 市場の競争原理が当てはまってしまうこと自体、「祭り」本来のあり方からかなりズレてしまっている。そんな中、集約化の流れに逆らい、決して大きくはない街の絆を繋ぎ直すべく行われるこの夏祭りからは、「ズレるまい」という心意気がひしひしと感じられる。屋台同士での客の取り合いはあるけど。

 粋で頑固。誇り高く見栄っ張り。

 いつまで続くんだろう。という不安をかっ飛ばすように、みんなやる気でいっぱいだった。もしかすると、人間関係が希薄になった時代に対する反動の波が、すでにそこまで迫ってきているのかもしれない。


「ふん。どうせ十年後には、メタバースで全国の夏祭りが一本化されるわ。お盆の期間中ずっと、仮想空間上の一箇所で大規模に開催される感じになるのよ。バーチャル化とグリーン化の名の下に、現実世界の夏祭りは消えてなくなるわ」

「焼きそばのソースでぐちゃぐちゃになった口が言っていいことじゃないでしょ。ほらこっち向いて、拭いてあげるから」

「ん」「はいっと。ゴミ箱どこかな」

「美少女の口を拭いたティッシュよ。すぐ捨てるなんて勿体無いと思わない?」

「とっておけと? 虫が湧くだろ。ア◯スジェットが火を噴くぞ」


 ちなみに、スプレー缶なので火気厳禁だ。

 立ち止まって周囲を見渡す。無数の提灯がフラフラ揺れる。

 たくさんの種類の屋台。焼きそば、綿飴、射的、キャラカステラ、フランクフルト、金魚掬い、チョコバナナ、くじ引き、アメリカンドッグ、かき氷、たこ焼き、りんご飴。

 キラキラしてる。ワクワクだぜ。


「巴ちゃん。ラムネ飲む?」

「涼しいから要らないわ。と思ったけれど、涼しいからこそ冷たいシュワシュワも一興ね。完備な青系美少女である私に似合いそうだし、飲むわ」


 エメラルド色のビンの中、カランコロンと転がるビー玉。

 イカ飯を買った。醤油が利いていて美味しい。容器も食べられる。明太子味で素晴らしい。ゴミをなるべく出さないよう、プラスチックの使用には厳しい制約が課されているようだ。

 穏やかな風が吹き、巴ちゃんの青い髪を撫でる。

 防球ネットが少し震えた。

 背後から声をかけられる。


「あ、昊刃」「ん? 鳥矢じゃないか。独身男子グループは?」

「やっぱり、おばあちゃんと回ることにしたんだ。医者は、もう長くないって」


 車椅子を押し出しながら、弱々しくそう言った。椅子には着物姿の優しそうな老婆が座り、ぼーっと辺りを眺めている。

 俺の勘違いでなければ、懐かしげに。


「昼はもう少し元気があるんだけど」

「六時も過ぎたしな。言うまでもないけど、あまり無理はさせるなよ」

「もちろん。長居はしないさ。花火の途中で切り上げる予定」

「三十分ぐらいあるんだっけ。祭りの規模にしてはかなり長いよな。ものすごい金持ちのパトロンがいるんじゃないかと邪推してしまうぜ」

「一発百万くらいするんだっけか?」

「まさか。特大なのがそのくらいするだけで、小さいのだったら一万円で足りると聞くぜ。でもまあ、三十分で二千発ほどと考えると、花火師の雇用込みで六千万は超えるだろうよ」

「巨額だなあ。俺の銀行口座に手違いで振り込まれないかなあ」

「おいゲーマー。昊刃は私と祭りに来たのよ。さっさと視界から消えなさい」

「ゲームは卒業したんだよ。じゃ、また、昊刃。楽しんで」

「ああ。そっちも」


 鳥矢と彼のおばあちゃんは、人混みへと消えていく。

 しばらく歩くと、占い屋があった。並んでいない。冷やかしに中を覗いてみると、シャーマン風の格好をした妙齢の女性が座っている。

 彼女はにこりと微笑んだ。


「あら、ようこそ……あらあらあらあら。どうぞ、お掛けになってください」


 促されるまま、女性の対面に座った。

 キョロキョロする。暗幕で囲まれているだけなのに、異様な雰囲気が異様にあった。不可思議な空間というか。ここだけ祭りと隔絶されているというか。

 机に置かれた、朱色の盃のせいだろうか。


「何か、占って欲しいことはありますか? 帝国に連なる(・・・・・・)お方」

「はい? テイコク?」

「おっと、失礼。知り合いの定子(ていこ)くんに似ていらっしゃるから」

「はあ。えっと、占って欲しいこと、ねえ……」

「私と昊刃の相性を占って欲しいわ! すっごくいいのでしょうけれど!」

「良くて中の下です」


 間髪入れず、占い師はそう返した。唖然とする巴ちゃん。


「よくてちゅうのげ?」

「はい。占うまでもなく。そもそもそちらの方には、他に好きな──」

「ゴホンゴホン。えー。俺たちがやってるビジネスは、成功するでしょうか?」


 慌てて中断させる。さすが占い師。観察眼が鋭い。

 そして、占って欲しい内容を、ものすごくボカして尋ねた。まさか、「俺たちには化け物退治の使命があるのですが、ちゃんと世界を守れるでしょうか」などと正直に言うわけにもいくまい。夢想主義者と笑われ、恥をかくだけだ。

 まあ、言葉選びは間違えたかな。ビジネスって。物の例えとしてモノローグで使うのはともかく、ガキが背伸びしてるみたいだ。

 占い師は優雅な動作で、細長い壺を取り出した。盃に向かって傾ける。

 液体が注がれていく。


「それは?」「お酒です」「未成年なんですけど」

「ご安心を。飲めというわけではありませんので」


 壺を床に置く。栗色の棒で、盃の縁をタンと叩いた。

 心地の良い音だった。水面が揺れる。引き込まれる。

 盃の中央で、突然、炎が立ち上った。


「ふぁっ!?」「きゃっ!?」


 二人で仰け反る。一方で、女性に慌てた様子はない。

 占いの一環だったようだ。彼女は宣託を下す。


「ふうむ。今夜は『不発弾』に注意」

「え? この日本で?」

「あと、しばらくは内憂にも注意してくださいまし。ビジネスが成功するかについては、まだ確定的な未来はないようです。あなた次第ということです」


 プレッシャーだぜ。

 お代を尋ねると、要らないと言われた。ありがたいけど、少しモヤモヤした気分になる。

 占い屋を出た。祭りの世界に回帰する。正面屋台の明かりが眩しい。

 少し進んで、振り返った。占い屋はもう見えない。


「内憂って、富良野のことよね。早く追放した方がいいわ」


 ノーコメント。


「それより不発弾が心配だよ。地面には気をつけて」

「すり抜ければいいじゃない」

「波動エネルギーはオート発動出来る力じゃないし、油断は禁物だ」

「ねえ、時間。あと十分ほどで花火よ」

「そうだ、花火。不発だった弾が地面に落ちて、俺たちの足元で爆発するとか」

「あはは。気に入らない奴に向けて蹴っ飛ばしてやりましょ!」


 まったく、この子の発言にはいつもドギマギさせられるね。

 人生の先輩としては、君が内憂なんじゃないかと、伝えてあげた方がいいのだろうか。

 グラウンドから少し離れた丘に足を運ぶ。人の数はそれなりだ。浜世椎奈との待ち合わせ場所に利用した空き地は、二人きりだと寂しいからやめた。

 あと二分。人が増えていく。ガヤガヤとした喧騒を遠くに感じる。

 本会場の方角を眺めた。綺麗だなあ。こういう景色が、日本から、少しずつ失われていっている。

 みんな本当に楽しそうだ。たとえこれが、「今」に対する反発がもたらす、ほんの一時の懐古だったとしても。


「今日は体が軽くなくて、良かった」


 ヒュルルル、と砲弾が上がる。

 パンッ、と弾けた。


 あれ? 花が、咲かない。


 時間差にしても、音よりも花の方が先なはずだ。音速は秒当たりおよそ340メートルなのに対し、光は一秒で地球を七周半する。地球は一周どのくらいかと言うと、約四万キロメートルだ。小学校の知識の復習。

 見物客の誰もが困惑する。しかし、何事もなかったように次弾が上がり、今度は大きな花を魅せた。一斉に盛り上がる。三弾目、四弾目。色とりどりの火花たちが、次々に夜空を舞う。

 幸先悪いスタートなど、テストだったということにして、誰もが忘れる。

 しかし。


「? どうしたの、昊刃?」


 巴ちゃんが、キョトンと首を傾げた。自分じゃ見れないが、俺の顔色はとても悪くなってるだろう。冷や汗もダラダラだ。体調が崩れたわけじゃない。

 むしろ良いくらいだ。良過ぎるから悪い。

 過ぎたるは及ばざるが如し。

 孔子の有名な言葉まで持ち出して、いったいどうしたのかと言うと、透明な花火が破裂した瞬間、体が軽くなったのだ。

 それも猛烈に。


作者的には、十年後のメタバースフェスティバルは無理だと思ってます。

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