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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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34 海旅行の終わり


「悪魔め」


 額から血を滴らせながら、浜世の父は吐き捨てた。


「お前みたいな『色漬け(・・・)』がいるから、娘は」

「あんた。私のこと、悪魔って言ったの?」


 巴ちゃんが秒でキレた。浜世椎奈の腹に足を乗っける。


「女神なら分かるわよ。美しく高潔だもの。でも、悪魔って、え? どういうことかしら? 私はただ、私に逆らう嫌なガキをしつけて大人しくさせただけよ? ダメな奴にノーを押し付けて、それはなぜダメなのかしら? 殺してないだけ感謝されてもいい具合なのに。ご指導ありがとうございますって」


 裸の浜世を蹴り付けて、キャハハと笑う。その声は、波の音と合わせて耳に刻まれた。根本的に違う生物を見ている気がして、心臓がヒュッと痛む。

 巴ちゃんについて、桃架ちゃんは言った。お前の居場所は学校にもないし、ここにもないんだよ、クズ女、と。

 室は言った。クビにした方がいいでしょ、と。

 いやでも。だってほら、さ。

 巴ちゃんは頭の回転が速いし、物覚えがいいし、戦闘適性も高いし、俺に懐いてくれているし、俺の高所恐怖症に寄り添ってくれたし。

 一ヶ月半、一緒にやってきたし。

 浜世の父親は、大きく溜息を吐いた。


「はーあ。娘の望みに迎合し過ぎるのも、考え物だな」


 無骨な手の甲で、額の血を拭い落とす。


「殺すべき優先順位を、どうやら間違ってしまったらしい」


 心にズシリと来る言葉だった。俺の選択は、間違ってないよな?

 彼は巴ちゃんに踊りかかった。本当に感謝されると思っていたのか、危害を加えられるなど想定していなかったらしい青髪の少女は、「ヒッ」と身を縮こまらせる。

 反射的に体が動いた。二人の間に割り込み、男の身を蹴り飛ばす。

 庇うように構えた。


「昊刃っ♡」「どけ。そいつを殺す」「断る。やらせない」

「亜人の少年。庇っているのは、そのクズか、自分の心か、どちらだ?」

「っ……。巴ちゃんは、俺がついてないと危なっかしい。俺がいないとダメな子なんだ。どうしようもないほどに。でも、俺がついてるから大丈夫なんだよ!」

「貴様は」


 簡潔に問われる。


「馬鹿か?」


 心底から困惑しているようだった。否定の根拠を探す。どこにある?

 男は、娘を取り返さんとばかりに突進してきた。戦闘再開。彼の動きは精彩を欠いていた。俺も疲れ果てている。これが最終ラウンドだろう。

 右手を振りかぶりながら、考える。巴ちゃんは、必殺技を使ってしまったばかりで変身出来ない。俺が守らなきゃ。この子の存在を規定すれば、それは「悪」のカテゴリーに振り分けられてしまうかもしれない。だからこそ、守るのが正解だ。だって、守らなければ救えない。

 人でなしの道から、助けてあげることが出来ない。

 不可能じゃないはずだ。巴ちゃんは時たま、性質の悪さに自覚的な言動をすることもある。本当だ。さっき高潔とかほざいていたけど。客観的視点を持ってないわけじゃないんだから、自省のプロセスを補助してやれば、思いやりの心を修得してくれる。いつかきっと。


 自分に言い聞かせる。すでに何度も反芻したことを。

 自分の正義を貫くんだ。正しいとは何か。

 赤玉が脈付く気持ち悪い左手でも、優しく包み込んであげられること。

 巴ちゃんの泥だらけの手くらい、しっかり掴み取ってやる。


 理解出来ないから見ないふりをするだなんて、俺の家族と一緒じゃないか。

 ああはなりたくない。なりたくない。なりたくない。


「俺はっ! 馬鹿じゃねえっ!」


 攻撃をすり抜け、踏み込み、殴り飛ばす。男は倒れない。

 奴の腿まわりが、はちきれんばかりに盛り上がる。

 クソが。まずい。大振りし過ぎた。胴体がガラ空きだ。すぐには体勢を直せない。すり抜けは、通用する? もし浜世の父親が、たとえ回数制限があったとしても生身で位相ズラしを使えると言うのであれば、必ずここで使ってくるはず。

 どっちがいい?

 俺はっ……──。

 しかし男は、攻撃を仕掛けてこなかった。

 疾風が如く駆けた先には、力なく横たわる浜世椎奈。そっと抱きかかえ、素早く去ろうとする。


「待て」


 静止を掛けた。さっきから燻ってた疑問を尋ねる。


「浜世家ってのは、どんなイカれファミリーなんだ?」

「……近いうちに、知る羽目になるだろう」


 と言い残し、男の姿は、その娘とともに消え失せた。

 しばし呆然としたのち、気が緩み、立っていられなくなった。頭をぶつけそうになったところ、間一髪で巴ちゃんに支えられる。

 美しく、第一印象では高潔そうに見えなくもない顔が、間近に迫る。高潔というよりかは、高貴だ。この子を仲間に引き入れて少しも後悔していないと言うと、残念ながら嘘になる。綺麗だと感じて拾った青い小石が、危険な放射性物質だったかのような気持ち。

 この子が、昔はおばさん、今は俺だけに向けている優しさを、周りの人々にも分け与えられるようになれば。

 甘く蕩けた表情で、巴ちゃんは囁く。


「今の状況って、すごくロマンチックじゃないかしら?」

「違うと思うし、それにヘリが来た。報道用の」「ちっ」

「リー。いるんだろ。認識阻害を」

「はいヨ」

「室たちと合流する。あいつら、カメラに写ってないと良いけど」


 歩くのは辛い。空を移動出来るくらいまで波動エネルギーが回復するのを待ち、お姫様の手を取る。桃架ちゃんの反応を頼りに友人たちの元へ向かい、全員の無事を確認した。

 コテージの荷物を回収。管理者に連絡してから、皆で飛んで帰った。休みをこまめに入れながら。この際だから言及しておくと、眷属以外への波動エネルギー付与はとても疲れる。

 予定よりも短くなってしまったけど、不完全燃焼だけど、最後に大ハプニングに見舞われたけど。

 こうして、俺たちの夏休み旅行は終わりを迎えたのだった。


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