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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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33 人間相手


「……椎奈は」


 憔悴した様子で、男は呟いた。


「椎奈は、どうなった」


 取り乱す彼を睨みつけながら、悲鳴を上げる体に鞭打ち、無様な姿勢で立ち上がる。巴巨人が消えた。つまり、もう一人のコントローラーである浜世椎奈が、何者かに襲撃された。

 誰が? 決まっている。巴ちゃんだ。鳥矢の推測をリーから聞き、彼女は巨人のコントローラーが複数いる可能性に気がついた。必殺技に伴う疲労を意志の力で跳ね除けて、浜世椎奈の居場所を探り当てたというところか。

 頼りになる眷属だ。

 そこでふと、美國中学校で起きたらしい暴力事件を思い出す。巴ちゃんが浜世に喧嘩をふっかけ、返り討ちにされたという、あれ。聞く限り、悪いのはどう考えても巴ちゃんだったけども、あの自己中かつネチネチした性格を鑑みるに、今でも浜世を一方的に恨んでいるだろう。殺してなければいいけど。


「巴ちゃんの機嫌が良けりゃ、生きてるだろうさ」


 鼻声になっている。格好がつかない。

 片っぽの鼻を抑えた。フンと力み、溜まった血を取り除く。


「もう一度聞くぜ。なぜ俺を狙う。どうして亜人を殺さなくちゃいけない」

「お前が知る必要はない」

「知りたいという気持ちに、必要もクソもあるか」

「……私は別に、お前がここで死のうが死ぬまいがどうでもいい。お前が生きたまま地獄に落ちても、私は如何なる感慨も抱かない」

「は?」

「だが、椎奈はお前を、将来確実に訪れる生き地獄から救いたいようだ。殺すしかないから、殺してでも。自分の気持ちを、押し殺してでも」


 男、浜世椎奈の父親が構えた。

 黒々とした気迫に、ビビりそうになる。


「ティーンエイジャーな娘の願いを叶えるのも、親の役目だ」


 だからお前を殺す。

 事情はイマイチ分からないものの、どうも戦いは避けられそうもない。あちこち痛いし、疲労困憊で今にも倒れそうだけど、俺も構えた。こう見えて、人間相手の喧嘩は素人ではない。児童養護施設の先生にバトル好きな男がいて、対人戦闘術のイロハは叩き込んでもらっている。化け物(エギン)との戦闘では、あまり役に立った感覚はないが。

 しかし相手は人間で、波動エネルギーが切れている今、自分本来の純粋な実力に頼るより他はない。

 一対一の喧嘩に怯える道理はなく、むしろ実家に帰ってきたかのような安心感だ。幼少期を過ごした家は、父母の死と共に売り払われたけども。

 そして懸念事項がある。どういう原理かは不明だけど、巴巨人はすり抜けの力を使えた。アレを使役していたこいつにすり抜け能力がないと考えるのは、虫が良過ぎる。

 当たっても当たらないという事態は想定しておこう。

 深呼吸した。疲れ切っているからこそ、変に力まず戦えそうだな。大丈夫、落ち着け。鈍色バブルという奇妙珍妙なヤツらを最初にぶつけてきたんだ。それはつまり、この男は、自分の戦闘力に絶対の自信は持っていないということだろう?


 ふう──。


 先手を打ったのは、浜世椎奈の父親だった。

 ジャブを弾く。フックを屈んで避ける。すぐに下がられた。懐に入らせてもらえない。足場は濡れた粗い岩礁、喧嘩に向いた足場とはとても言えないのに、よくこれだけ思い切った動きが出来るものだ。

 再び近づいてくるのに合わせて、左拳を放った。守られる。続けて右の手を打とうとしたが、鋭いジャブで牽制される。引こうとした位置に凹凸があった。

 体勢が崩れた所で、脇に回し蹴りを打たれる。

 軽くはないが重くもない。やはりここでは、足技は難しいようだ。

 追撃してくる腕を避け、その肘にショットを当てる。痺れたらしく、浜世の父は表情を歪めた。腹に掌底を入れ、押し返す。固え、その歳で筋肉ダルマか? 普段の鍛錬密度が窺える。

 尊敬しちゃうぜ。

 岩の隙間から爪先を抜く。相手の対応を見るに、意図して追い込まれたわけじゃなさそうだ。運が悪かった。またこの事故で、足場の悪さは戦略に組み込めることを双方認識した。

 人間じゃない化け物の駆除のせいで、逆に勘が鈍っていたかもしれない。久々に、研ぎ澄まされていく。


「へいへい。ちょいと無様になっちまったけど、ここまでは小手調べだぜ」

「強がりか? 少年少女はそうでなくては」


 同時に二歩駆けた。両手の二連撃を弾かれる。飛んでくるのは、鳩尾への前蹴り。脛に向かって、バックステップからの肘落としを図る。

 男は足を折りたたんで回避。もう慣れたのか、足場の悪いこの場所で、体勢を変えぬままに上段中段下段と蹴りを立て続けに放ってくる。こちらはバランス崩壊寸前。

 しかし、耐え切れず後ろに下がれば、嫌な形の窪みに囚われかねない。

 小さく鋭く宙返り。着地時の低姿勢に乗じて足払いを仕掛けた。すると、男の太ももとふくらはぎ辺りの筋肉が冗談抜きで盛り上がった。ああいうのって、ただの漫画的誇張じゃなかったのか。彼は高々と跳躍し、足払いを躱す。

 基礎的身体能力がえげつな過ぎるだろ。これで自らの力を過信せず、合体可能な量産型兵器を最初に差し向けてくる所から、只者でない感が漂ってくる。

 重力を味方につけた踵落としは、黒い岩礁に大きなヒビを入れた。受け流すだけでも難しそうだ。距離を取って良かった。

 良くはなかったかも。

 岩礁に打ち込み、破壊させたその足で以って地を蹴り、俺に向かってタックルをぶちかます。現代社会に疲れた人間に突撃し、異世界に転生させるトラックも涙目の勢いだ。亜人として覚醒していなければ、このおじさんに瞬殺されていた可能性が高い。

 しかし俺は、覚醒している。

 すり抜けた。男はタタラを踏む。脇腹に肘打ちを叩き込んだ。咄嗟に振り返ってきたから、顎に裏拳。よろめく奴の額に頭突きをかます。

 血を流しつつ膝を突く。その瞳はゆらゆらと揺らいで、焦点は合ってない。


「はあ、はあ……」


 やったか?

 荒く息を吐く。頭突きの反動がやばい。気を抜けばこっちも倒れそうだ。

 にしても、すり抜け能力はチート過ぎる。波動エネルギーが回復してラッキーだった。まだ飛翔は無理そうだが。

 浜世の父親も、たとえすり抜けを使えるにしても、きつい制約があるのだろう。自由に使えるとしたらもう使っているはず。


「さて、どうやって拘束しようか……」

「昊刃ー!」


 嬉しげな少女の声が、辺りに響いた。巴ちゃんだ。

 自慢げな表情で俺の前に来て、担いでいた何かを投げ出す。


「えへへ、すごいでしょ! すごいわよね!」


 まるで、獲物を捕らえた猫ちゃんが、飼い主に向かって成果を誇るように。

 それは素っ裸の、しかもボロボロになった浜世椎奈だった。

 哀れな娘の姿に、恐らく戦闘不能だったろう父親が、気力のみで立ち上がる。

 その目に憎悪を滾らせて。


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