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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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32 浜世親子

浜世椎奈視点です。


 止揚(アウフブーヘン)とは、矛盾する複数の要素をぶつけ、殺して、殺し合わせることで、新次元での融合的転生を促すこと、あるいはそのプロセスを指すのに使われる言葉である。

 この言葉が哲学で、あるいは政治で尊ばれる理由は、そう簡単に起きることではないからである。少なくとも私はそう考えている。所詮中学生如きの、足りない頭で編み出した、浅はかな結論かもしれない。でももし、アウフブーヘンが頻繁かつ簡単に起こせるものだとしたら、私、浜世椎奈という存在に、救いがなくなってしまう。

 相反するアイデンティティの板挟みになり、結局殺し合わせることしか出来ず、よって片方を無視して片方を過剰に持ち上げることしか出来なかった私は、ゴミ以下ということになってしまう。

 歪みはどんどん大きくなって、現実逃避はエスカレートする。

 不毛だ。だからと言って、新次元での融合的転生を促す能力のない故に、矛盾を覆い隠す以外に選択肢がない私は、

 いったいどうしたらいい?


◇◇◇


 邪馬台国の本宅(・・・・・・・)にて、私はある頼み事をした。


「まさかお前が、そんなことを求めるとは。天皇様天皇様ばかりのお前が」


 頼まれた彼はそう言って、自嘲めいた笑みを溢す。

 私の願い。それは、亜人誕生の事実、そしてその正体が近衛本家に露見し、儀式に利用される前に、当該亜人を殺すこと。たとえ逃げ切れたとしても、やがて、最悪の結果に行き着くのみ。真相を知った時、彼は自らに絶望し、その心はギタギタに壊れるだろう。

 彼にとっての唯一の救いは、幸せなうちに殺してあげること。

 苦しい決断だった。昊刃氏を幸せにする方法が、他にあれば。でも。

 この世界は、敢えておかしくならないと、耐えられないことが多過ぎる。


「椎奈ちゃん。その少年が、気に入ったのか?」


 問われる。頬が少し熱くなった。沈黙で返す。


「娘のお願いを叶えてやる。親として、これに勝る喜びがあるだろうか」


 泣きそうになる。私のお願いは、父にとって、本家に対しての明白な裏切りでしかないはずなのに。

 父は、私たちの血を縛る、「種」と亜人を含めたすべての鎖を嫌っているはずなのに。


 私なんて、浜世家きっての出来損ないなのに。


 唯一の味方である父は、裏なくただ朗らかに笑って、娘のわがままに応えてくれた。昊刃氏と二人の眷属のプロファイリング、現時点での力量調査を、「掟」に触れない程度に、余念なく綿密にやってくれた。彼らはどうも、私の再襲撃をかなり警戒しているようだった。街中での奇襲は分が悪い。

 夏休みを利用して、海で四泊五日すると知った時は、天啓かと思った。

 天皇様からの啓示。悪しき宿命から彼を解放しろと。

 何せ、浜世家の術士として決してポテンシャルが高いとは言えない父の武器には、水分が必須(・・・・・)なのだから。撒いた「種」を芽吹かせるには、水をあげなければいけない。


「鈴木昊刃には強い化け物との戦闘経験がない。だから数よりも質だ。そしてそれは、こちらにとっても都合がいい。一つの群体で勝負を仕掛ける」

「……私に合わせてくれなくても」

「奴を救ってやりたいのは、お前だろ?」


 そうだ。彼をこの手で救ってあげたい。この気持ちと一緒に、罪を背負い続ける。動き出したのは私で、父はあくまでサポーターだ。

 幸運にも、一泊目の深夜から、エギンが自然発生する。形はオスのマントヒヒ。蜂の蛹のように体を折りたたみ、静かに眠っていた。養殖でない(・・・・・)天然モノ(・・・・)のエギンは初めて見た。

 活性化にかかる時間を織り込んでいるのか、あるいは出現直後の弱い反応は感知出来ないのか、昊刃氏はエギンが現れた後もすぐには動かない傾向がある。とはいえ、そう余裕があるわけでもない。エギンに「種」を植え付ける父の姿を、ハラハラしながら見守る。

 植え付け作業終了後、「種」はエギンを強制起動させた。インスタントに活性化させた分だけ弱いし、「種」の成長に養分を取られるからさらに弱くなっていくけど、別にこいつで彼を殺すわけじゃない。

 エギンが動き始めて十五分後、彼は宿泊施設を出た。予想通り颯爽と倒し、Uターンで帰っていく。死に行くエギンから、深化の進んだ「種」が落ちた。大地に根付いたのを確認して、仕込みは完了する。

 車の中で六時間ほど眠ったのち、一日かけて、海の端に潜み死者の魂を狩る、定義不明の魔物「クラーケン」の召喚術式を用意した。尊き血脈の守護者が血に「浜世」の姓が与えられる前、太古の昔に為された契約に従うと、理論的には、分家であっても足の一部を利用出来る。

 短時間のみだが。


「たったの十三秒だよ。大丈夫?」

「ああ。お釣りが来るくらいだ」


 父は頼もしく笑った。

 計画は順調に進んだ。クラーケンの足が陸上にもたらした大量の海水に、「種」が張り巡らせた地下茎が反応。一族からは「蔭胞子(かげほうし)」と呼ばれる、意思なき兵士を生み出す。使い魔として扱えるが、どのくらい制御出来るかは術者の力量に依存する。バラバラのままでも、くっつけ巨大化させてからでも運用していい。まとまっている方がコントロールは簡単だ。

 生まれてすぐの「蔭胞子」たちは丸い形をしているけど、周囲の環境を読み取ってから、最初に認識したモノの形を写し取る。人をコピーした個体がいたのは運が良かった。操作しやすいから。

 よりにもよって、あのクズ青髪の、無駄に均整の取れた体を模したのは業腹だったけども。

 同じ色付きだった。入学してからしばらくは、友達になれるかもと密かに期待していたのに。

 父と別れて一人、昊刃氏たちが泊まる快適そうな施設から見て裏手側の丘から、離れた父とともに巨人を操る。一体までしか操れなくて、なのに一体だけでも、補助なしで操るのは五分かそこらが一杯一杯。自分の無能さが嫌になる。

 色付きが故、落ちこぼれの娘。何も悪くない両親にも、厳しい視線が向けられる。母はノイローゼになった。

 どうして私は、こんな髪に生まれてしまったのだろう。

 どうして私は生まれたのだろう。

 クズ青髪が大技を放つ。ヒヤヒヤしたが、巨人は耐えた。

 彼を追いかける。待ってて。すぐに殺してあげる。


 一目惚れ、しちゃったのだ。


 なんでかは分からないけど。初夏にもかかわらず、片手だけに手袋を嵌める、厨二病なお兄さんに。

 だから。苦しむあなたは見たくない。お願いだから、ここで死んで。

 巨人と戦う彼に、私たちの存在に気づく様子はなかった。しかし緊張する。大丈夫だ、色付きだけど、今の私は亜人の探知に引っかからない。ネオジムの強い磁石を持っておくことで掻い潜ることが出来る。昊刃氏を刺した後、父からそれを聞いた時は正直半信半疑だった。

 でも実際に、仕込みの夜にも見つからなかったし。

 ほとんど力も残っていないはずなのに、覚悟を決めて躍り出てきた時には、イケると思った。消耗戦はこちらに有利。

 拳を握りしめる。厨二お兄さんは最期まで、浜世椎奈は狂った奴だと認識したまま、それが更新されることはない。

 哀しい。本当は私だって。生まれつきの裏切り者(・・・・・・・・・)でさえなければ。


「へ?」


 昊刃氏が、父のいる場所に突っ込んだ。

 いつ気づいたのか。首を振った。私はまだバレてない。父とのリンクが途切れ、消えそうになる巨人の形をどうにか保つ。チャンスが来るのを待つんだ。

 父が「種」を喰らった。

 崖から落ちてきた厨二お兄さん。これで終わりだ。

 巨人の足を振り上げた。


「さようなら」


 躊躇を押し退け、彼を踏み潰そうとしたその時、脇腹に強烈な衝撃が走る。

 蹴飛ばされたと理解する。集中力が掻き回されて、巨人とのリンクが切れた。

 胸に乗られる。両手を膝で固定された。

 目の前にいたのは、同級生の青いクズ、そして厨二お兄さんの眷属、水晴巴。力を使い果たして、動けなくなったのではなかったのか。

 上がる拳。


「ちょっ、やめっ──」


 ぶん殴られた。痛みで頭が真っ白になる。息吐く暇もなく、反対側にも。

 殴打の応酬。最初の二、三発ですでに立てなくなっていた。にもかかわらず、なおも続けられる。

 痛い。酷いよ。許して。お願い。なんでもしますから。

 何を言っても、呻き声にしかならない。

 水晴巴は、暴力を行使しながら、美しくも凄惨に嗤う。


「ボーナスタイム! ボーナスタイムよっ! あははははは! キャハっ」

「おいトモエ。やり過ぎダ」「うるさいわよリス! でも疲れたわ」


 立ち上がり、私を見下して、「面白い顔」と微笑む。下着含めた衣服を脱がされ、奴の着ている汚い服と交換させられた。そして、汚れたシャツとスカートで手足が縛られる。とっくに動けないから、拘束なんて無意味なんだけど。

 このクズが。なんでお前なんかが、厨二お兄さんの隣に。

 私だって。本当は私だって!

 睨みつけたら、鳩尾を蹴られた。

 汚い胃液を吐きながら、私の意識は暗転した。


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