31 正体
「浜世椎奈の仲間か?」
おじさんの視線が険しくなる。当たりらしい。
鳥矢からコントローラーの存在を示唆された時から、そうじゃないかと疑っていた。浜世椎奈は俺を刺した時、亜人は殺さなければいけないと発言している。それに失敗した以上、再び襲撃を仕掛けてくる可能性は、この一ヶ月半、常に頭の片隅にあった。
だから芝居を打った。露骨にコントローラー探しの素振りを見せれば、きっと逃げられてしまう。足での逃亡なら捕まえる自信があったけども、浜世椎奈は一ヶ月半前、まるでワープでもしたかのように、忽然と姿を消してみせたのだ。
同じことをされてはたまらない。ワープにも制約や条件はあるかもしれないが、より確実な方策を取ることにした。結果、こうして重要参考人を確保出来た。
おじさんを制圧した直後、波動エネルギーのガス欠が発生。ギリギリの運用にも程がある。先が思いやられるぜ。
「ダンマリかよ。なぜ俺を狙う?」「…………」
「浜世椎奈は言った。亜人は殺さないとダメだって。どうしてだ?」
「…………」
「俺は普通の高校生だ。普通に学校に通って、普通に勉強をして、普通に恋をして、普通に女子中学生を眷属にしているだけの、善良かつ模範的な生徒だぞ。この力を悪用しようなんざ思ってもない。逆に、人に害なす化け物を駆除しているぐらいだ。殺される謂れなんてないぜ」
「…………」
「分かったら手を引いてくれ。去る者は追わない主義だ」
「…………」
男は一言も返さない。困った。会話が成立しないぞ。「女子中学生を眷属にすることは普通の高校生の所業ではないだろ」とツッコミを入れる余地も作っておいたのに。暖簾をふうふうしてる気分。人間、互いのすれ違いを解消するには対話しかないんだぞ?
沈黙のまま、時が無為に過ぎていく。残念ながら俺は、おじさんとくっついて嬉しくなるタチではない。心がささくれだつ。待つのは嫌いじゃないけど、黙ったままおじさんの後頭部を見つめる趣味はないのだ。禿げてはなく、ふさふさである。
耐えきれずに口を開いた。
「浜世椎奈とはどういう関係だ? 保護者か? なるほど、そうなんだな。あなたの目には、あの少女はどう映る? 時代錯誤にも天皇中心の絶対君主制を主張し、中学校でプロパガンダを行う少女について、どのような感情を抱いているんだ? 心配している? 幸せならそれでいいと思っている? どうでもいい? あるいはあれも、家の方針なのか? だとしたらかわいそうだな。俺の腹にナイフを刺してくれやがった奴だけど、なんだか哀れになってきたよ」
質問風の独り言を捲し立てる。挑発だ。
皺多き眦が、ピクリと反応した。青筋が立つ。体温がわずかに上がる。怒りを覚えたらしい。
ドスの利いた低い声で、彼は呻く。
「人でなしに俺たちの、何が分かる?」
……人でなし?
この人、今、俺のことを「人でなし」と呼んだのか?
呆然としてしまった。確かに俺は亜人で、この体は破格の性能を持ち、只人とは区別されるべき存在だ。でも、それは違う。「人でなし」は違う。
心は覚醒以前と変わらず、ちゃんと「人」のつもりだ。
名誉毀損。侮辱罪。締め上げる力を強める。
男はさらに続けた。
「その生まれ持った魂の性質がゆえ──発現した髪の色がゆえ、あの子に降りかかった不幸がある。浜世家の、暗い運命がある!」
身に纏う雰囲気が、明らかに変わる。
ゾッと背筋が粟立った。
「それを……よりにもよって亜人が、理解出来ると言うのかっ!?」
ガリッと不快な音がする。男が口の中で何かを噛み砕いた。
あ? 虚を衝かれた。猫騙しを喰らったような感覚。世界が静止した。
だから。突き飛ばされて、岬の切り立った崖をゴロゴロと転がり落ちた時、自分がいったい何をされたのか、検討もつかなかった。
男は筋骨隆々だったが、体格なら俺だって負けてないし、肩と胴体をロックしてたんだぞ。俺を突き飛ばせる道理なんて。
崖下の岩礁にて、ボロボロになった俺を、デカ巴ちゃんが見下ろす。十メートルぐらいにまで縮んでいた。とはいえ大きい。息が荒くなる。
どうして。あの男を拘束した時点で、消えたはずじゃあ。
「浜世椎奈の仲間か、と聞いたな」
男の声がする。まさか、崖を降りてきたのか? 易々と? 亜人でも、その眷属でもないのに、どうやって? 奴の身に何が?
頭が、はてなマークで埋め尽くされる。
「聞いた時、別で行動を取ってるらしいあの子がどうしてるのか、気にならなかったのか?」
目を見開き、そして、その可能性を考慮していなかった自分を恥じた。
人形劇は、二人体制。
彼らの操り人形、デカ巴ちゃんが足を振り上げる。左手の赤玉に集中した。波動エネルギーを捻り出そうとするも、少しもない。連続でのガス欠は、回復が遅くなるようだ。
踏み潰される。ここまでか。
観念して目を瞑る。しばらくして、開けた。
あれ?
死んでないぞ?
デカ巴ちゃんがいた方角に、視線を移す。息を呑んだ。
もう訳が分からない。
ソレは溶解し、鈍色の気体を海風に散らしながら、ガラガラと崩れ落ちた。




