30 操縦士
巴巨人に、または元鈍色バブルたちに、操縦士がいる可能性。考えもしなかった。普段戦っている化け物たちは自由意志で動いているから。そう見えるというだけだが。
しかし考えてみれば、エギンが自律型の敵性体だったとしても、元鈍色バブルたちがそうである保証はどこにもない。あいつらが人形で、それらを操縦する人形使いがいるというのも、ありそうな体制だ。
自分の知識と思い込みだけで相手を捉えようとする、それも無意識に。ダメな理解の典型例だ。鳥矢に思い知らされた。視野を広げる必要がある。
けども、視野を広げて考えるなら、現在、巴巨人がまっしぐらにこちらへ走ってきているのは、単に亜人の反応を追っているだけという線もある。そういう化け物なのだという説だ。地中より繰り出された死角の拳を、振り返りもせずに見切って己の体に固定した件や、巴ちゃんの必殺技で上半身が吹っ飛ばされたのち、脇目も振らずに俺を追いかけてきた件は、どちらの可能性も補強する。
待てよ。亜人に強く反応しているとしたら、あの時あの戦場に、デカ巴ちゃんに呼ばれるまでもなく、元鈍色バブルたちは俺の所に集ったはずじゃないか? 指向性は、群体でこそ発揮されるとか? 細かい議論を始めるとキリがないな。
鳥矢のゲーマーとしての勘を信じる。腹を決めた。
この一帯を俯瞰出来る何者かがいて、そいつが巴巨人を操作していると仮定する。だとすると、今取るべき選択は。
「俺はコテージの方角に行く。君らは反対に」
そう言い残し、飛んだ。波動エネルギーはだいぶ回復している。フルチャージではないけど。怖いのを我慢して、心持ち上の軌道をなぞる。
巴巨人と目が合った。鋭く切り返してから、バレーボールの代表選手によるアタックを彷彿とさせる跳躍。強烈なスパイクが俺に迫る。
最初と比べると、動きが熟れてきているように見える。
そう、見えたのだ。捉えられた。だから避けられる。が、あえて避けない。
右足で受ける。すり抜けなかったため、掌を蹴り飛ばした。海に叩きつけられるも、水をすり抜ける。すぐに浮上し、浜辺に立つ巨人の前へ。
右足はビリビリと痺れて、しばらく使い物にならなさそうだ。
「第二ラウンドだぜ」
自分を鼓舞すべく言った。無意味だけど、ファイティングポーズを取る。
何事も形から。死ぬ気でやれ、鈴木昊刃。自己暗示で意思をガチガチに固めないと、逃げ出しちまいそうになる。
車くらい転がせそうな風圧を伴って、ハイキックが繰り出される。下に避けて、軸足に抱きつこうとした。再び地面に打ち付けるべく。無論相手も、黙って同じ手を喰らう真似はしない。片足を上げたまま、もう片足で高々とジャンプするという、人間離れした技をやってのける。
人間じゃないものな。人に似ているが人でない者。亜人。
元々は鈍色のバブルだったアレを、そう呼んでもいいかは、議論の余地があるだろうが。俺もどうやら、そういう存在らしいから。やってやる。
やってやるぜ。
頭が冷えていく。戦いに没入していく。
宙に放り出された巴巨人に、肩からタックルをかました。亜人の自覚が芽生えてから、体は丈夫になったし、常人とは比較にならないパワーも得た。すり抜けずに直撃し、巴巨人は地をバウンドする。体勢を大きく崩した。
鈍色の額に手を置き、急降下。頭蓋を岩礁に叩きつけた。藻とフジツボだらけの黒い岩場が盛大に砕け散るも、予想より反動が少ない。一部この世界から位相をズラしたようだ。ナイフに刺された時、俺が無意識にやっていたように。しかし全部はズラせてない。ダメージはある。
巴巨人は金切り声を上げた。どこか遠く感じる音だった。仲間は来ない。ただの悲鳴?
赤玉が熱くなる。クラリとした。鼻からダラダラと血が流れる。ああ、なるほど、超音波での攻撃か。殺傷力は高くない模様。
巴巨人の美しい瞳に、左手を突っ込んだ。横に飛翔し、その体を引きずる。背中を削り取る。
そろそろか。左手を目玉ごと引き抜く。視神経が気持ち悪い。
こちらが飛び去るのと同時に、巨人は、自らの顔を殴打した。グチャリと潰れる。自滅。綺麗なオウンゴールだ。
手を振るい、目玉を捨て去ろうとするが否や、ウネウネと形を変えた。それは鈍色の蛇になり、肩に牙を突き立てる。俺も蛇も、少しズレた位相の世界を選択した。
だから噛まれた。痛みで絶叫する。
蛇の首がどこからどこまでか、正確な所は知らないけど、首の付近を引きちぎる。頭だけになった元鈍色バブルは、ドロドロになって溶けた。
ふう、と一瞬緩んだ隙を突かれる。
五メートルほど小さくなった、それでもデカ巴ちゃんよりは大きい巨人の蹴り上げが、ちっぽけな俺に炸裂する。またもやすり抜けなかった。運が悪い。
だが幸運だった。物事には良い面と悪い面が常に存在する。
湾曲した浜辺、陸から見て右側の小高い丘の上、つまり辺りを一望出来る場所に、キラリと眩しい反射光を確認した。
望遠鏡。
ここからあそこまで、巨人を挟んで一直線。まさしく好都合。
光を睨みつけ、馬鹿正直に突っ込む。
人形使いは驚いたはず。巴巨人が追いかけてきた時、俺だけ仲間と別行動を取り、その後、本気の死ぬ気で戦いを挑んだ。死ぬ気でやらないと、死ぬ気でやってるようには見えない。そして人形使いは、俺が「巨人は亜人に反応する」と推理し、ここで倒すしかないとの結論に至ったと判断する。
あの亜人は、誘いにまんまと乗っかったと。
その慢心が砕かれた。サプライズを受けた人間の思考は、安直になる。小回りなら亜人の方が利くが、シンプルなモーションなら巴巨人の方が鋭いと、人形使いは考えただろう──先ほど、スパイクが決まってしまったせいで。
しかし、ジャンプとアタックの二工程を必ず要するそれは、本当は、俺にとって回避不能な技ではない。予期していれば尚更だ。たとえ回避出来ずとも、いくらかの確率ですり抜けられる。
巴巨人のスパイクは紙一重で当たらず。刹那のうちに、俺は操縦士の元に辿り着く。望遠レンズを右手で弾き、児童養護施設で習った体技によって制圧。腕を取り上げ、背中に乗る。
小綺麗な格好の、ダンディな感じのおじさんだった。
巴巨人がシャットダウンし、ドロドロと溶けていくのを後ろ目に確認しながら、彼に尋ねる。
「浜世椎奈の仲間か?」




