29 エネルギー不足
体の大半を抉り取られた巴巨人は、それでもまだ動く。昆虫のようなしぶとさを持っている、だけだったらどんなに良かったか。
目を疑った。疑い過ぎて、容疑者からの被告人として自身の眼君に裁判に出廷して欲しいなどと、荒唐無稽にも程があることを考えてしまった。
勘弁してよ。夢なら覚めて。
夢と現実を入れ替える異能が欲しい。
残った巴巨人の体が、意思を持った水飴の如く、ニュルニュルギュルギュルと唸りを上げ、そして人型を再構築した。失った部分も多い。直前の威容と比べれば、半分にも満たない大きさに縮んでしまったが、それでも二十から三十メートルはあった。
たとえ半分以下になっても、矮小な人間一匹とは、一歩で進める幅が違う。しかも、巴ちゃんと同程度、またはそれ以上の俊敏さで動けるものだから、瞬く間に距離を詰められる。
ああ。あぁあ。あぁあぁあっ!?
冗談じゃねえ。地面をすり抜け沈み込み、殺意マシマシな踏みつけを躱す。
巴巨人は潜れない。地面の下は格好の逃げ場と言える。逃げてるだけじゃ倒せないけど。
急いで方策を練らなきゃ。先ほどのフリーフォール戦略は、未だ有効だろう。でも波動エネルギーが不足しているので実行不可。
素直に戦う、はナシ。前段階のデカ巴ちゃん相手にして見せた立ち回りは、やはりエネルギーが足りなくて難しい。一発でゴリ押せそうな決め技がないではないが、制限回数は一回だし、巴ちゃんがクールタイムに入っている時に、俺までそうなるのはアウトだろう。敵が巴巨人だけとは限らないのだから。
本当の最後の敵、みたいなのが現れると困る。
空がダメなら地中、もエネルギー不足がネックで無理。思えば、最初から埋めておくべきだった。それなら復活しなかったのに。リーのせいだ。後悔しても遅い。
今は待つしかない。幸い、音の感じからして、巴巨人は辺りをウロチョロしているだけだ。震動はすり抜けるので伝わってこないが。小蝿がいなくなった、よし周りで暴れてやるぜ! みたいなヒャッハー巨人じゃなくて良かった。
腕を組む。巴巨人を再び捉えて良いように転がすのには、あと三分は必要かも。最低三分は休ませて欲しいと、先ほど巴ちゃんに啖呵を切った後でカッコ悪いけども。
あの子は無事だろうか。桃架ちゃんも。亜人ソナーを展開し、二人の安否を確認する。この機能は省エネだから、いつでも安心して使える。
巴ちゃんの青い反応あり。死んではいない。きっと、気絶して泥まみれになっている。寝返りを打って窒息しなければいいが。
桃架ちゃんのピンクも確認した。一ヶ月前よりも、だいぶ光が強くなっている気がする。眷属として成長したのかな。位置からして、白西たちと一緒にコテージでじっとしてる……かと思いきや、急に動き始めた。
外に出た?
え? 何故?
耄ける。巨人の足音が止んだ。心臓が凍りつく。巴巨人の高さからなら、コテージの様子は丸見えだ。気づかれた。俺の大事な人たちが。
足音が離れていく。まずい。ダメだ。やめろ。
たまらず地上に出た。巴巨人は即座にターンし、俺に拳を向ける。誘き寄せるためのフリだった? いや、俺が出てこなかったら、白西たちの命を脅かして見せただろう。罠でもあり、人質作戦でもあった。
拳はすり抜ける。賭けに勝った。
そのまま、巴巨人の美脚──ターンのための軸足──に縋り付く。太腿から下だけにエネルギーを付し、ヒビだらけのコンクリートに差し込んだ。文字通りの足止めだ。全部は無理でも、一部なら。地中で半端に折り曲げて、引き抜くのをより難しくする。
再び地面に降り立つ。ちょうどエネルギーが切れた。
全速力で、コテージから出た仲間と合流する。
「なるべく遠くに! 隠れよう!」
肝試しの森とは反対方向に駆け、叫んだ。そして、勢い任せな自分の言葉に困惑する。
なるべく遠くったって、どこに行けばいい?
稼げた時間も、そう多くはないはずだ。悩める暇などない。でも。
並走する桃架ちゃんが、なぜか嬉しそうに言う。
「ねえお兄さん! あのデカブツ、顔が水晴さんだよねっ? あいつやっぱり、何食わぬ顔で人類社会に紛れ込んでた悪しき異物だったんだねっ」
「とーとー本性を表しやがったってわけ? ちくしょ〜っ、騙された!」
「違うっ!? 少しはあの子を信じてあげて!」
「嫌です!」「嫌っ!」
拒絶。これが日頃の行いってヤツか。巴ちゃんの名誉には悪いが、労力の浪費は避けるべき。説得は諦める。グダグダ言わない白西と富良野母が愛おしい。
リーの合流を傍目にしつつ、鳥矢に尋ねる。
「なんで外に出た!?」
「俺の判断だと言いたいっ? 違うからな! 白西が、突然飛び出したんだ!」
「はあっ!? なんでっ」「知るかよ、んなもん!」
それで、みんなで白西を追いかけたと。賢いとは言えない選択だ。とはいえ、こんな状況で合理的に行動出来る人間なんて、そうはいない。俺だって、慣れない本格戦闘で、いくつか選択をミスっている。
室のスピードが落ちた。普段走ったりしないぬかるみの上だから、疲れて当然だ。雑木林の陰に隠れる。
荒く息を吐きながら、鳥矢が遠慮がちに呼びかけてきた。
「なあ、昊刃……」「なんだよ」
「あの巨人さん、自律式だと思う?」
「え? ……コントローラーがいると? そう言いたいのか?」
「ああ」「理由は?」
「分からない。けど、元ゲーマーとしての勘が」
押し黙る。信じるべきか、笑い飛ばすべきか、迷った。
地鳴りが響く。どんどん大きくなる。巨人がこちらに、一直線に近づいてきているらしい。
七十メートルあったならともかく。巴ちゃんに削られ、縮み、しかも足を地面に引き摺り込まれて低くなった目線では、地形からして、逃げる俺たちを途中で見失ったはずなのに。
別の場所にも目があるとすれば。
怯えを意識の隅に置く。鳥矢に返した。
「信じよう」




