2 アイテール
「責任取るなら、寝てる私に何してもい〜っすよ〜」
冗談っぽく言ったのち、室はベッドで眠り込んでしまった。驚き疲れたのだろう。俺も寝たいが、それでは話が進まない。ピンク髪の富良野娘一人にリスっぽいナニカの応対をさせるのは酷だし、室・白西・富良野母たちの横で俺が眠っている間に室の家族が帰ってきたら、余計話が拗れそうだ。
ドライヤーを浴びるナニカに尋ねる。
「何が起きてるんだよ」
「化け物が現れたネ。そいつの攻撃受けて、そこの二人がおかしくなったヨ」
「見た通りじゃないか。新しい発見がない。お前はもっと知ってるだろ。浮かんでるし、魔法少女のマスコットみたいだし、動物とぬいぐるみのキメラだし、『いかにも』過ぎるからなあ」
「まあネ」
いけ好かないリスだ。話し方からして胡散臭い。
借りたタオルで髪を拭く。
「キミは魂の存在を信じるカ?」
「魂? さあ。存在するかは分からないけど、人間のパーソナリティが脳内の交通整理で決まると言い放つ、つまらない大人にはなりたくないね」
「よく分かってるじゃないカ。人格を形成し維持するは魂の役目ダ」
「環境と遺伝じゃないのか?」
「そういうのは、いわゆる外的圧力ネ。直接決めるのは魂ヨ」
「へえ。その魂とさっきの出来事に、いったい何の関係がある?」
「精神世界の魂が、物質世界にある肉体の振る舞いに影響を与えるのは、間にパイプが通っているカラ。パイプがなければ、肉体は魂の制御から外れて、元から宿る原始的な欲求に支配されるヨ」
リスっぽいナニカから、試すような視線を向けられた。イマイチ頭に入ってこない説明だったけど、そこから異状の要因を推理して欲しいらしい。スルーしたらバカにされるかもしれない。
こいつに軽蔑されるのは、心底嫌だった。
「原始的な欲求に支配される」。
振り返り、眠りこける白西と富良野母に視線をやった。
「彼女らが理性を失ったのは、化け物がパイプを断ち切ったから?」
「パイプは、そう簡単には切れないヨ。切れたのではないんダ。想像シロ。血管だけで赤血球や白血球が流れるカ?」
「水分が抜かれたってこと?」「その通りネ」
ミイラを想像する。しかし彼女らは乾燥していないし、どころか雨水でずぶ濡れだ。このままでは風邪を引く。
室の私服に着替えた富良野娘が戻ってきた。サイズが合っておらずブカブカだ。白西たちを拭くよう頼む。傷だらけで痛そうだから、安静にしてもらいたいのは山々だけど、俺がやったら事案になってしまう。
雨止まぬ窓の外を睨みつけながら、リスは続ける。
「あの化け物どもは、魂の情報を肉体へと流す水分──第五元素を喰らっちまうのヨ」
「食べられた……? ちょい待ち。おい」
心臓がギュッと締め付けられる。低い声で尋ねた。
「治るのか?」「放置してたら一生ケモノのままネ」
崖から突き落とされた気分になった。
が、希望がないわけではないらしい。リスは言う。
「元に戻す方法はあるヨ。自力では作れないアイテールだが、我ら妖精の力を使えば、外から供給してやることなら出来るネ」
「っ、じゃあ」「じゃあキミのを使えト? それは容認出来ないヨ」
「どうして」
「ようやく見つけた亜人を、ダメにするわけにはいかないカラヨ」
有無を言わせぬ口調だった。絶対に曲げられない主張を感じる。自称妖精が醸し出す凄みにたじろぐ。
「……、さっきも言ってたけど。亜人って何だよ」
「今日は体が軽くなかったカ?」「──ああ」
「その左手、手袋の下では、紅の宝玉が常に脈動しているのではないカ?」
「…………っ」
左手を隠そうとした。首を振り、手袋を外す。富良野娘に覗き込まれた。
意外にも、気持ち悪がる様子はない。驚いてもいない。
「まさしく亜人の特徴ヨ」「俺が亜人だったとして、何だって言うんだよ」
「キミなら、あの化け物どもに対処出来るということネ」
「警察か自衛隊に頼んで欲しいな……待てよ。俺の体は、左手以外すり抜けた。亜人じゃない人間の攻撃は通らないし、銃火器の類も効かないと?」
「ンネ。物質で化け物に干渉するのは不可能ヨ。逆に、化け物から物質に干渉も出来ないガ。上級個体でない限り、奴らはパイプからアイテールを吸い出す以外しないネ」
腕を組む。問題の深刻さが見えてきた。
「化け物どもと言ったな。これからも現れるのか?」
「もちろんネ。さっきも聞いたが、体が軽いダロ? それは、この物質世界に穴が空き、地球という天体を構成するアイテールが流出した結果、『透圧』が小さくなったカラ」
「『透圧』というのは、亜人にしか感じられない?」
「ンネ。そして、開いたウロから、腹を空かせた化け物──『エギン』たちが侵入してくるってことネ。今はまだ小さいけれど、これからどんどん大きくナル。やってくる化け物はより多く、より強くなるヨ。キミが戦わなければ、人類は皆、理性を失ったケモノに成り果てるネ」
「『キミ』のイントネーション腹立つ。俺は鈴木昊刃だ」
「ボクの名前はリー」
「よろしくリー。元々地球にあるっていうアイテールで、白西たちの理性は回復出来ないのか?」
「無理ネ。人体には馴染まない」「元に戻す方法はあるんだよな?」
「強いエギンは、体内にアイテールの結晶を蓄えているヨ。倒して奪エ」
「よし」
頷く。
自称妖精の話は眉唾だが、化け物も、白西がおかしくなったところも見た。見たものは信じる。
アイテールの結晶を手に入れるべく化け物どもを倒し、ついでに世界を守るのが俺の役目らしい。
「で、そんな大層なこと、俺一人とお前一匹で出来るの?」
「もちろん非常に困難ネ。拳一発で倒れる雑魚が一匹なんてチュートリアルコース、初めの数回だけヨ」
「どうしろと」
「ソラハは眷属を作る必要があるヨ」
「眷属。パーティを組めと?」
「ンネ。アイテールの操作に適性のある子がいい」
「はあ。そんな子どうやって見つけんだ?」
「簡単ヨ。髪に色が付いてる子ネ。そこのピンクな女児みたいナ」
リーの小さな指が、端で三角座りしていた少女を差す。話の矛先が自分に向かうとはこれっぽっちも思っていなかったのか、目をパチクリとさせつつ困惑げに返す。
「えっ。私、ですか?」
「名前ハ?」「も、桃架です」
「おめでとうネ桃架ちゃん。キミは記念すべき──そうだネェ、魔法少女第一号ヨ」
一人目がピンクとは縁起がいいネ。
リスのリーはそう言って、マスコットキャラクターらしくほくそ笑んだ。