25 鈍色バブル
海水染み込む地面から芽吹いたソレらは、どれも球の形をしていた。
鈍色バブルは、プクリ、プクリと、どんどん大きくなっていく。
「いいや、あんなの」
あまりの得体の知れなさに、ジリと一歩後退る。重力をすり抜けて浮いているから、より正確には、位置座標を一歩分だけ後ろに下げる。
巴ちゃんは木の根に引っかかり、コケた。アダルティな下着がヘドロ色になっている。女子中学生の状態を形容するにはアレな言葉だけど、すでに汚れ切っており、これ以上汚れようがない。
「寡聞にして知らないが」
少なくともリアルではない。空想のゲームならああ言うのもあるかもしれないけど。俺は透ける左手のせいで、自分からは積極的にやらない。付き合い程度。ああいう超自然的なのは、鳥矢の専門分野だ。
一月以上前、つまり禁ゲーを始める前のあのゲーマーならば言うだろう。超常現象としての作り込みが甘いと。何様のつもりだ。
「ああ。ひょっとして、バランスボールの収穫シーズンだとか」
「海水で芽吹くってわけ? 昊刃もそういう冗談言うのね。エイプリルフールの有名ネタで、スパゲッティの木とかあるけれど」
灰色の球たちは、じっと動かない。好奇心が強まってきた。恐怖と驚愕を駆逐する。恐る恐ると、擬似バランスボールの一つに近づいていく。
一部がピカリと光った。球は不規則に回転し、光をあちこちに向ける。すぐ先の木へと方向が固定された。下から上に、光の描く青緑色の線が移動。
まるで、スキャンでもしているみたいだ。
「バランスボールに環境設定って必要だっけ?」
「さあ。実際に使ったことないし。ダイエットの目標設定とか出来るのかしら」
「まさか、理想の体型として『木』を挙げる人間はいないんじゃないかな」
生まれ変わったら別の動物になりたいと主張する人はたまにいる。鳥とか貝とか。が、木になりたい人は見かけない。人間界どころか動物界に絶望していそうだ。ちなみに、植物も痛みを感じる可能性が最近になって浮上してきている。
来世「木」志望者は益々減りそうだ。
木をスキャンした鈍色バブルが、木になった。
宙で無数の粒子としてバラバラになり、渦を巻いて、木の形になった。
「え?」「えっ」
巴ちゃんと二人で呆気に取られる。他の鈍色バブルにも、同様の変化が発生していた。木になるヤツ、葉になるヤツ、虫になるヤツ。
そして、巴ちゃんをスキャンした鈍色バブルは、水晴巴の姿を象った。
「何よこれ、どうして私が!? 気味が悪いわ! 気味が悪いわ! 死ね!」
巴ちゃんが喚き散らす。
ただのバランスボールじゃないのはもはや明らかだった。遅れて地中から芽生えた鈍色バブルが、俺をスキャンする。俺にも変身されるのかと思いきや、そのバブルは動作不良を起こしたように震え、そのままドロドロと溶けてしまった。
眉を曲げる。訳が分からない。
巴ちゃんが屈み、大きめの石を掴む。「死になさい!」と叫びながら、パワー系ピッチャー顔負けの勢いで、鈍色の自分に投石した。それは、仰け反ってタタラを踏む。頭を前に振って姿勢を制御し、巴ちゃんを睨みつけた。
元鈍色バブルたちの敵意が、一斉にこちらに向く。
「トモエ、短絡的に動くのはやめてクレ。キミは感情的過ぎネ」
「はあ? 私はいつも冷静よ。昊刃、私を変身させなさい!」
強い口調で命令された。これじゃあどちらがご主人様か分からない。まあ、俺はどちらかと言うと隷属気質だし、部下の方が主体性を持ってくれるのはむしろ助かるのだけど。
ヤツらは今にも襲いかかってきそうだ。巴ちゃんの言う通りにする。
青い閃光が弾け、泥だらけのナース魔法少女が爆誕した。
「なんでよ!? 普通こういうのって、変身したら汚れが落ちてるもんじゃないの!? せっかく装備が進化したばかりなのにっ! ふざけんじゃないわよ!」
巴ちゃん、吠える。さっきからカッカしてばかりだ。この子の死因、憤激による高血圧になるんじゃなかろうか。
残念ながら、我が社の眷属メタモルフォーゼにクリーニング機能は搭載されていないようだ。創設から日が浅く、福利厚生は不十分。
給料も出ません。
木になった鈍色バブル──伝統に則ってトレントとでも呼ぼうか──の一匹が、根をウネウネと巡らせて、俺たちに向かって突進してきた。
受ける印象よりもずっと素早い。五十メートルなら七秒台で走れそう。迫力がある。が、一ヶ月で数々の化け物を倒し、レベルアップした魔法少女の敵ではなかった。
殴り飛ばされ、ゴロゴロと転がった先で、溶けてなくなる。その後続々と押し寄せるトレントや蟲たちも、鎧袖一触で蹴散らしていく。
「あーっはっはっは! こいつら弱いわ! ザコザコよ! 私が最強!」
「さすがだ巴ちゃん! 君が最強、泥に塗れても溢れる美!」
「ふふん、でしょ! 当然だわ」
機嫌を直す巴ちゃん。この子の機嫌は、良くしておける時に良くしておくに限る。我が社に蓄積された数少ないノウハウの一つ。
お姫様のヨイショに、つい気を取られた。二人して油断した。だから、空中で腕組みする魔法少女の背後に迫る、その背丈の半分はある裏拳に、気付くのが遅れてしまった。
「あっ──」
注意は間に合わなかった。巴ちゃんの小柄な体躯が、容赦無くぶっ飛ばされる。あっという間に視界から外れてしまって、どこに落下したのか分からなかった。方向的には海にドボンしたはずだから、死んではないと思うけど。
正面を見据える。
鈍色バブルが変化した、偽の巴ちゃんが巨大化していた。
両脇のトレントたちを引っ掴み、吸収。さらにデカくなる。
俺を見下ろす、美しくも感情のない瞳。差し詰め蛇に睨まれた蛙だ。
冷や汗を流しつつ、偽のデカ巴ちゃんに忠告する。
「見えちゃうぜ。スカートの下が」
鞭の如くしなやかに、象よりもはるかに太い脚が振るわれた。
巴ちゃんは蛮族の姫。




