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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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22 室のトラウマ


 真昼間の砂浜で、唐突に桃を黒く塗り始めた室に「誤読するな、ビーチフラッグだから」とツッコミを入れた、旅行二日目の夜。

 赤いバケツのような懐中電灯が、上に向かって光を放つ。それによって、日々を健気に生き抜く尊き小さな羽虫たちと、一度しかない貴重な人生を無為に貪る女子高生の間抜けなツラが、月明かりしかない闇に映し出された。

 シャープな対比構造。


「パンパカパ〜ン。では、作中に修学旅行の描写がある高校生ラブコメでは非常に高い確率で実施される有名青春行事、夜の肝試しを始めたいと思います!」

「ああ、ホントにやったら保護者と森の管理者からクレームが殺到するあれね。あと室、ちょっとボリューム下げて欲しい。耳がキンキンする」

「いーじゃないかよ〜。近隣住民なんてお化けしかいないって」

「お化けの恨みは買いたくないよ。肝試しの前となればなおさら」


 俺は知っている。化け物は存在する。お化けがいない保証はどこにもない。

 白西に化けられ、あまつさえ「昊刃好き♡」などと言われたら、黄泉の国にダイブして二度と戻って来ない自信があった。

 巴ちゃんが、胸を反らして言ってくる。


「昊刃。ひょっとして、お化けが怖いのかしら?」


 桃架ちゃんが鼻で笑った。巴ちゃんを。


「手、震えてるよ。虚勢かっこわる」「虚勢じゃないわ! 違うもん」

「ゴールは、配った地図のバツ印。誰も住んでない掘建小屋があるよ」

「結構遠いんだなあ。昊刃の言うことも分かるよ。不安になってきた」

「ど〜する? 一人ずつ行く? それとも、妖精くん合わせたら偶数だし、二人一組で行く?」

「別に、私は一人でも大丈夫だけれど、肝試し要素を担保しつつ、所要時間と迷子になる確率をなるべく減らすには、二人一組の方が良いと判断するわ」

「巴ちゃんに賛成」「俺も」

「水晴さんって、言い訳というか、自己正当化が得意そうだよね」

「ぶん殴るわよ。悪意判定陽性につき」


 喧嘩を始めた女子中学生は放っておいて、メモ帳とペンで作った即席のくじを残りの四人で引き、その後、女子中学生同士の喧嘩に勝った桃架ちゃんにも引いてもらった。

 結果、俺のペアは鳥矢で、残りの二組は「巴ちゃん・室」と「桃架ちゃん・リー」となった。十五分間隔で出発することにして、順番を決める。

 俺・鳥矢ペアは最後だ。


「三十分後か。オセロしようぜ。スマホアプリの」「合点でえ」

「お兄さん、行ってきまーす!」「行ってくるネ」


 女児向けアニメペアが出発する。ピンク髪の少女は変身出来ないし、妖精の方もかなり胡散臭いから、女児向けアニメなのは見た目だけだ。

 丸太に座り、オセロに興じる俺たちの隣で、室と巴ちゃんが話を始めた。モモトモのじゃれ合いに室が混ざって挟まるところなら何度か見たけど、あの二人が二人きりで絡むのは初めてじゃなかろうか。


「水晴っちもビコ中なんでしょ〜? 桃架っちと同じく」

「美國中学よ。そして同じ中学でも、富良野桃架とでは格が違うわ。あいつはいつも平均ぐらい。私は常に学年一位なんだから。巴っちでいいわ」

「分かったよトモH」「やっぱやめて」


 鳥矢と二人で、ヒヤヒヤしながら聞いていた。

 室には、小学校時代に医師の両親から勉強について厳しく接され、中学受験に挑戦し、敗北した過去がある。第一志望がビコ中だった。「この子は勉強が出来ないんだ」と大好きな母親に諦められた瞬間は、未だトラウマであるはず。

 だから室は、他人の成績自慢が死ぬほど嫌いだ。それが自分の、届かなかった場所でのものであれば、なおさら。

 とはいえ自分で振った話題だ。室も苛立ちを我慢する。笑顔だけど怖い。

 隣の闇に気づかず、巴ちゃんは上機嫌に続けた。


「入試の時からずっとトップで、特待生なのよ」

「ふ〜ん」

「でもまあ、普通にやってるだけなんだけれどね。周りが勝手に脱落して、私を一位にしてくれるのよ。学校の勉強はとても簡単で、出来て当たり前なのに、どうして上手く出来ない子が多いのかしらね。本当に謎。ああいう子たちが勉強する意味って何? 時間の無駄よね。もっと別のことやればいいのに」


 カラカラ笑う巴ちゃん。


「はは。そうだよね。別のこと、やれたらいいのにね」


 無理に笑ってから、俯く室。緊張感が張り詰める。

 ちょっとちょっと水晴っち。空気読めてないの? 一言一言が相手の心に刃物刺してるの気づいてないの? 調子に乗ると口が滑るステレオタイプか君は。そりゃあ嫌われるよ。

 話題を変える必要がある。丸太から立ち上がり、


「あんな雑魚どもが自分の子供だったら、私、見捨てちゃうかもしれないわ!」


 硬直した。アウトどころでない、一発退場のレッドカードだ。

 親が子を見捨てる。親に諦められる。それでも、親子関係は終わらない。子として受けていた期待が消え失せ、社会通念上あるべき愛情が形だけ向けられることの虚しさを、室はよく知っていた。

 記憶のない赤ん坊の頃、親子の縁をスパッと切れられ、親戚のおばさんに預けられた巴ちゃんには、理解しろと言うのが無理な概念なのかもしれない。しかし、彼女の配慮なき言葉は、確実に室を傷つけた。

 室は相手を睨みつけ、痛烈な侮辱を行う。


「水晴っち、あれだね。君、性格ブスだね!」

「なっ!? なんですって!? いきなりひどいわ! このっ」

「ちょっと巴ちゃんっ。桃架ちゃんと俺以外に暴力を振るっちゃダメだ!」

「なら謝罪を! 暴言もダメでしょうが! 私に謝罪しなさいバカ女!」

「桃架っちにクズって言われてた理由が分かったよ。サイコパスだもん! こいつマジでサイコパス! 関わっちゃいけない人っ!」

「礼儀がなってないわねぇ、社会的地位のある医者の娘にしては。本当に血が繋がってらっしゃる? ひょっとして。親子じゃなくて、赤の他人じゃないかしら?」


 室は絶句した。俺もだ。


 とても馬鹿な自分は、とても優秀なお父さんとお母さんの、本当の子供ではないのではないか?


 それは、過重な期待を背負った室が、何度も何度も悩んだ疑問だった。俺もよく相談を受けた。顔はよく似ている、ちゃんと愛されている、室にもたくさんいい所があると励ます以外に出来たことはない。


「あーは、は、は、は! 思い当たる節がありそうね。かわいそうだわ!」


 人を精神的に追い詰め、高く笑って喜ぶ巴ちゃんを見て、一気に彼女が分からなくなってしまった。

 ひたすら困惑する。辛くなってる人を見たら、自分も辛くなるものだろう?

 俺の両親が交通事故で死ぬ前、彼らに左手を笑われた記憶が脳裏に還る。猛烈な吐き気を抑え、理性的に考えた。俺はまだまだ、巴ちゃんを理解出来ていない。

 巴ちゃんは、それ以上に室を理解していない。

 多分、交流不足が原因なのだろう。もっとコミュニケーションを取って、理解を深め合えれば、巴ちゃんは室の人性を尊重し、室は巴ちゃんと仲直りし、俺は巴ちゃんの言動に一々動悸を覚えずに済む。

 ただ、今からすぐ二人きりにすると殺し合いを始めかねない雰囲気だったため、ペアを変更した。巴ちゃんは俺と、室は鳥矢と組み直した。

 二番手として出発する。道中、怖がるフリで腕に抱きつく青髪の少女へと、慣れない説教をかましてみる。と言っても、室の過去についてそれとなく語り、学校教育で培った国語力と想像力を働かせ、なるべく人を傷つかせないようにしようと注意しただけだが。

 巴ちゃんは、あっけらかんと返した。


「どうして?」


マウンティング少女・トモエ。

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