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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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20 旅行


「ふう。やはり、他人(ひと)様の金でする旅行は最高だな」


 窓の外に広がる自然を堪能しつつ、特急列車のフカフカな椅子で踏ん反り返り、エナドリの入ったグラスを優美に傾けながら、俺はそう言い放った。

 我が友人、室主催の旅行計画。綺麗な海辺のコテージで、輝かしい青春の一ページを紡ぐ。定期テストについては、室と鳥矢に補習ギリギリの教科が複数あったこと以外は瑕疵なく終わり、また休校分が夏休みに補講として行われるということもなく、プランは当初の予定通りに進んだ。

 コテージでの滞在は四泊五日。とてつもなく贅沢だ。最近扶養対象が多くなったせいで、カレーに福神漬けを付けることが贅沢行為になりかけていた俺の身には余る。身の丈に合わない奢侈。涙が出そう。

 お金欲しいなあ。

 隣の席には室がいる。彼女はニカッと口角を上げた。


「ふっふっふ。偉大なる私の慈悲に感謝したまえ昊刃くん〜」

「まさしく旱天に降る慈雨だよ。もはや水力発電すら出来そう」

「どんどん発電してこうぜ〜。室家に婿入りしたくなった?」

「おいおい、冗談はやめてくれよ。心が揺さぶられちゃうだろ」

「あははははー。にしても、予想よりもグッと大所帯になったねぇ」


 俺と室の前には鳥矢と白西。

 通路を跨いだ横には、桃架ちゃん、桃架ちゃんのお母さん、そして巴ちゃん。

 合計七人。プライベートな旅行にしては、確かに多いかもしれない。

 室の両親は来ていない。医者の仕事が忙しいのと、あと、室家の親子関係に昔生じてしまった、修復不能なとある亀裂も原因かと思われる。


「あのアイドルみたいな子たち、昊刃くんの眷属なんだって? 女子中学生を二人侍らせるなんて、まったくいいご身分になったものだねぇ。通報しちゃうぞ」

「重大な誤解があるようだな。侍らせているわけじゃない。契約上は上司と部下という関係なだけで、対等以上の仲間だと思っている」

「契約上そうというだけで割りかしヤバくね? 実態はともかくとしてさあ、女子中学生に色々と強制出来ちゃったりする立場なんでしょお、昊刃くん?」

「ちょっと室さんや。『色々と』で含みを持たせるのはやめろ。俺が強制出来るのは、眷属契約の解除と魔法少女への変身だけだ」

「忠誠心と奉仕愛もナ」「リー。黙ろう」

「おい、昊刃。前は誤魔化されたけど、いい加減に教えてくれよ。あの子たちとお前が上司と部下って、いったいどういうことなんだ? リスとぬいぐるみのキメラが喋ってるし、白西の様子も、ここの所ずっとおかしいし」

「悪い、ちゃんと話してなかった。鳥矢、お前は聞いておくべきだ。それは──」


 列車に揺られて二時間、バスに揺られて三十分、そして歩くこと二十分、ようやく目的地に到着した。引きこもりがちで体力がなく、移動だけで疲れ果ててしまった鳥矢、それに白西と富良野母をコテージに残し、俺たちは海へ向かう。

 水着に着替えて。


「あれ。水晴さんの水着、普通だね。カッパのコスプレとか期待してたのに」

「富良野。私へのキャラ認識間違ってない? あとここは海よ」

「海にいるカッパは河童(カッパ)じゃなさそうだなあ。ここで問題。『河童』の河を海に換えたらなんと読むでしょう。はい桃架ちゃん早かった」

「ウッパとか?」「ミッパじゃねー?」

「まったく主流じゃない当て字だけれど、ワダツミじゃないかしら」

「さすが巴ちゃん」


 砂浜にシートを敷き、パラソルを固定する。周りに人はほとんどいない。事実上の貸切状態だ。立地が良くないからだろうか。個人的には最高だ。

 水が波打ち、そして帰っていく。ぼんやりと水平線を眺めた。海は広いな大きいな。生まれ変わったら昆布になりたい。

 俺が準備している間に、女性陣は遊びに興じていた。室が両手で水鉄砲。お返しと見せかけて、巴ちゃんの大きくぱっちりした目を的確に狙う桃架ちゃん。汚い叫びを上げながら、滑ってコケる巴ちゃん。

 中学生二人は、年下かつ童児体型だからか、まさしく海童(うみわらべ)という感じで見ていて微笑ましい。一方の室は、目に毒だ。魅力的な同級生が、大胆な水着を纏っている。あれはワダツミというか、ストレートに罪である。正直に言って、性欲がダイレクトに刺激される。

 ふ。俺としたことが、完全に油断していた。張ってて立てない。三角座りで待つ。

 ああ白西、不甲斐ない俺を殴ってくれ。鞭で痛ぶってくれ。


「どうしたソラハ。遊ばないのカ?」

「向こうの沖から化け物クラゲが現れないか監視してるんだ」

「ンネ? 体が軽いのカ?」「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」

「昊刃く〜ん。どした〜ん? 早く来なよ〜!」


 室が大きく手を振った。ウェーブアンドウェーブ。せめてもの足掻きとして、上にラッシュパーカーを羽織り、ファスナーを閉めた。

 海に素足を踏み入れる。冷たくて声が出た。室にケタケタ笑われる。

 巴ちゃんが何か持ってきた。


「見て! ピンクのナマコよ! どっかのアホに似てない?」

「ねえ。どっかのアホって誰のことかな?」

「ナマコってなんか美味しそうだよね〜。雑巾みたく絞ったら水出るの?」

「室。一言目と二言目の文脈がどう繋がってるかまるで分からない」

「あっ、引きこもりゲーマーが来た! お〜い!」


 振り返る。

 アロハな半袖と半ズボンを着た鳥矢が、浜のど真ん中にいた。室の呼びかけに応じ、ザバザバと音を立ててこちらに近づいてくる。

 意外だった。今までのあいつなら、少なくとも夕飯の時間までは動こうとしなかったはず。驚きのままに尋ねかける。


「なんだ。もう復活したのか? ゲームによくある回復薬でも飲んだ?」

「俺は生まれ変わったのさ。ゲームよりも健康に目覚めた成果だよ」

「気持ちわる」「きっしょ」

「やめてもいいかな? お前らの友達を」

「ところで水着じゃないんだな。泳がないのか?」

「知ってるかい? 人はいきなりは変われない」


 それはそう。無理して泳いで、溺れられても大変だ。

 鳥矢でなくとも、移動による疲労は確実に溜まっている。室がバテ始めた午後三時過ぎ、コテージに戻ることにした。初日から全力で楽しむのも勿体無い。

 座って休んでいたら寝てしまいそうだった。そうなると、食事も取らず風呂にも入らず、気づけば真夜中でしたという事態になりかねない。

 置いてあったボードゲームで空騒ぎを演じるも、室はギブアップして爆睡。うつらうつらする桃架ちゃんと巴ちゃんを並べてソファで寝かせ、床で伸びてる鳥矢は放置した。

 眠気に耐えつつ、最新型冷蔵庫の中にあった食材を使ってディナーを作り、皆を起こして食わせた俺は偉い。

 俺が家政夫だ。

 風呂のち即座にゴートゥーベッド。あっという間に眠りに落ちる。


 そして、不気味な体の軽さを覚え、深夜にふと目を覚ました。


ちょっと聞きたいんですけど、海童って本当にワダツミって読むんですか?

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