19 ストレス・マネジメント
「またゲームを持ってきて。もう」
両親と死別し、他地域の児童養護施設暮らしになったことで転校してから、二週間が経った頃合いだった。すでに聞き飽きた説教が、今日もクラスで繰り返される。
ああ、怒られていたのは俺ではない。いつも学校にゲーム機を持ってきては、隠れてやっているところを先生に見つかり、ほぼ毎日のように叱られている少年がいた。
彼の名は鳥矢赫義。
わざわざ言及するまでもない、生粋のゲーム中毒者。
先生は叱りつつも、それ以上の制裁を加えることはなかった。
彼女はとても優しくて、とてもいい人だった。俺の特異な左手に、少しも気味悪がる様子すら見せなかった。今でも尊敬している。そうであっても、鳥矢の問題行動に対して、毎度軽く注意するだけというのは、優しさの度が過ぎていると感じた。優しさでなく、むしろ甘さだと。
不思議だった。だからワケを尋ねてみた。
「そりゃあ私だって教師の端くれだし、一度取り上げようとしたんだよ。これまで何度かやってきたように。そしたらさ、鳥矢くんはどうしたと思う?」
「さあ」
「隠し持ってたマッチで服に火をつけて、『返してくれなきゃこのまま燃えます』だって。そこまで好きなら、まあいいかなって」
好きどころではない。ゲームに狂っている。
ゲームに魂をやられている。
鳥矢の逸話を、すでに仲良くなっていた白西と室にしてみた。室は朧げに知っていたようだが、白西は初耳だったらしく、瞳を輝かせて聞いていた。
「おもしろー。あいつおもしろ! 噂をすれば鳥矢じゃん。ねー、どんな覚悟でゲームやってるのー?」
配慮など一切持たず、個人の領域に土足で踏み込む白西に、室と二人で苦笑いしながらついていく。
鳥矢と友達になったのは、それがキッカケだった。
◇◇◇
「ホイップクリームたっぷりのクレープを頬張りながら、タピオカミルクティーに舌鼓を打つ。これぞ女子中学生の嗜みというものよね」
ご満悦の笑みを浮かべる、右隣の巴ちゃん。
眩しい表情だ。五百キロカロリースマイル。もっとあるかもしれないが、高いエネルギー量の摂取を憂いている様子はない。
左隣の桃架ちゃんが、フォークを皿の上に置く。
「数周遅れの感想だね。もしかして人生逆走してる?」
「なんですって」
「まあまあ。確かに今は下火だけど、タピオカにはサイクルがあるから。タピオカブームに価格が連動するタピオカ債を作れば、きっと気長で物好きな投資家が買ってくれるだろう」
「ねえ昊刃。まったくと言っていいほどフォローになってなくない?」
「あ、桃架ちゃん。口元にクリームがついてる。拭こう」
「ん。ありがとうお兄さん♪」
「ねえ昊刃。ひょっとして、私にもついてるんじゃない?」
「子供扱いがお望みとあれば」「む。自分で拭くわ……」
俺たちは今、街のクレープ屋「クレープ・パトラ」に来ている。俺の奢り。部下を労うのも上司の務めだ。つまりご機嫌取りである。社員二人の仲が良くないため、ストレス・マネジメントは必須なのだ。
アパート管理業務の代行に小遣いが出るようになったとはいえ、弊社の財政事情は厳しい。タピオカ債の発行も真剣に検討すべき所に来ている。
浜世椎奈を取り逃してから、はや一ヶ月が経過した。その間、脅威度Fから脅威度Cまで、バラエティ豊かな化け物が現れた。いずれも打倒に大きな苦労はなかったけど、アイテールの結晶もなし。
白西は理性を失ったまま。桃架ちゃんのお母さんも。
理由は不明だが、桃架ちゃんは未だに変身出来ていない。が、運動能力は飛躍的に向上したし、これはすごい朗報なのだけど、纏わせた波動エネルギーを、自分の意志で長時間保持出来ると分かった。一般人は言わずもがな、巴ちゃんよりも長く。
化け物のキル数が一番多いのは桃架ちゃんだ。
魔法少女とは言えないものの、彼女は頼れる眷属なのだ。
「ホント、前例のないことばかりネ」「喋るな。人形のフリしてろ」
「『可愛い少女二人を放ってずっと人形に話しかける男』と周囲に認識させてやろうカ?」
「大した脅し文句だぜ。ごめんなさい」
「あの……もうすぐ夏休みよね?」
話題を転換する巴ちゃん。夏休み。その通りだ。胸が高鳴る。ちなみに学校は、病院事件の八日後に再開された。原因が解明された様子はなかったけど、類する事件が後に続くこともなく、休校は無意味と判断されたのだろう。
ちょっと恥ずかしげだったから、彼女が何を言わんとしているのかすぐに察せた。
「リー、俺たちはずっとこの街で張り込んでなきゃいけないのか?」
「旅行は問題ないヨ。シロニシとフラノ母とを同伴し、エギンの出現範囲中心をソラハの部屋からソラハ自身に変えればネ。移動中に現れないことを祈レ」
「じゃあ行こう!」
「決断早いね、お兄さん」
桃架ちゃんの瞳が昏い。「なんでこんなクズ女のために」とか思ってそう。明示的に言わない以上、注意したりはしないが。
「ク……じゃなかったや、水晴さん。お礼くらい言ったらどう?」
「昊刃、あ、あ、ありがと」
「んー。どうして口ごもるの? そういうのが可愛いと思ってるの? さっきも『自分で拭く』の前にわざわざ『む。』とか言ってたよね? やっぱりそういうのが可愛いと思ってるんでしょ」
「ひどいわ。辛い。当たりがキツ過ぎる。全力で殴ってから大声で泣くわよ」
「はいはい喧嘩はおよし。旅行先は期末テスト後に決めまーす。本日の定例集会は、これにて解散! お会計は──たかっ」
そしてテストが終わり、
「喜べ諸君!」
と、少女二人を前にハイテンションで叫んだ。
「室、いや室千亜希様が、俺たちを海辺のコテージに連れて行ってくれるらしいぞ! イェーイ」
「い、いぇーい?」
イェエエエエエエエエエェイ!




