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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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18 もぬけのから


「シイナを捕獲すべきヨ」


 だから俺の仕事はまだ残っていると、リーは主張する。

 刺し傷は、巴ちゃんが貸してくれたハンカチで押さえているものの、止血するには到底足りない。また、眷属としての彼女の力は、痛苦の程度を小さくするだけだ。無理すれば回復が遅くなる。さすがに眉を顰めた。


「リー! 昊刃を殺す気!? クズはあんたじゃないのよ!」

「俺を死に急がせたいのか? ここで浜世椎奈を捕まえる必要がどこにある。それこそ警察の仕事だ。通報しろと言うなら分かるが、それは帰る道中にでも」


 普段よりも早口で語った。こう見えて、失神しそうでしない痛みにかなりムカムカしている。家に帰って、布団の上で横になりたい。まごうことなき本心だ。

 桃架ちゃんが人質にされたとかなら怪我を押しても追いかけるが、そういう一刻を争う局面でもなさそうだ。浜世は放っておくが吉。俺はそう考える。


「ここで捕獲すべきだというなら、その根拠はなんだ?」

「どうも、今までと勝手が違うんだヨ」


 桃架ちゃんと浜世が走っていった方角を凝視しながら、リーは言う。


「亜人を知り、かつ亜人と敵対する人間なんて、今までいなかったネ。どの世界でも、紅の宝玉を持つ亜人なるものの存在は、降って湧いたような話だったんだヨ。現段階で脅威度Cのエギンが現れたことといい、何かおかしいネ」


 ひどく驚いているらしい。息を呑む。

 まるで、何百回何千回とルーティンをこなしてきて、初めて異常事態に遭遇した作業員のような反応じゃないか。こいつは俺の想像以上に、亜人マネージャーとしての役割を、ずっとずっと繰り返してきたのかもしれない。


「ここで逃げられたら、次に接触出来るのはいつダ? そうヨ。アイツが、手出し可能な場所に身を潜めてくれる保証はどこにアル?」

「……異空間に逃げ込まれると? 化け物の出身地みたいな?」

「アア。気になる発言(・・・・・・)もあったシナ。チャンスはそう巡ってこないヨ。シイナを捕らえロ、取り返しがつかなくなる前にダ!」


 すごい剣幕だった。流されざるを得ない。世界の存亡が関わっているらしいし、取り返しがつかなくなるのは大変だ。

 経験者のカンには、従っておくのが賢明というもの。

 腹を決める。


「巴ちゃん。癒しの力をもっと強く出せる?」

「可能だけれど。やめときなさい。理由を丁寧に説明してあげると、痛みがなくなれば、手負いの体には不相応な動作で、怪我を悪化させるリスクが上がるから。治るまで安静にしておくのが一番なのよ」

「赤玉ソナーで浜世の位置を探る。アイツも眷属の適性者なら、多少の反応はあるはず。とはいえ、クラゲの化け物とかと比べたら微弱だろうから、なるべく集中したい」

「はあ。承知しましたご主人様。ご主人様の仰せのままに」


 部下の機嫌を損ねてしまったようだ。最低の上司だが、俺だってマネージャーには逆らえない。

 波動を放出する。側に青い反応。もちろん巴ちゃんだ。意外と反応が強い。眷属として契約しているからか、あるいは変身しているからか。浜世の反応については、台風の進路予測ぐらい精度があれば儲け物ぐらいに思っている。

 あった。ぼんやりとした黄色い反応。さらに弱々しいピンク色の反応が、その後を追う。ひどく曖昧だけど、浜世と桃架ちゃんによる、白熱した鬼ごっこの様相が伺えた。

 指を差す。


「こっちだ。桃架ちゃんはまだ諦めていない」

「素晴らしい執念ネ。よし、ボクらも追いかけるヨ」

「この鬼畜妖精! 走るのは絶対ダメよ! ……待って」「巴ちゃん?」

「そっちの方角、浜世の家があるわ。ビラに住所が載ってたの」


 ああ、例の、革命思想宣伝用のあれだな。頬が引き攣る。メールアドレスも載っていたらしく、よって桃架ちゃんは浜世と連絡を取ることが出来たのだ。

 革命志士、プライバシーの管理がガバガバだな。

 邪悪な笑みを浮かべつつ、巴ちゃんは続ける。


「奴の家に先回りしましょう。ええ。浜世家を引っ越しに追い込めそうな嫌がらせに踏み切る未来も織り込んで、場所は正確に記憶したから。大丈夫」

「大丈夫ではなくない?」

「昊刃が飛んで、私が操縦する。病院の時と一緒よ」「なるほど」


 提案に納得する。それなら負担は減りそうだ。馬鹿正直に走るより。


「トモエ、シイナがこのまま帰宅するとは限らないヨ」

「だからって、昊刃を酷使するのは許せない。ここは賭けよ。奴は最終的に逃亡を図るとしても、一時的に帰宅しなければならない理由がある。これに賭ける。賭ける価値は十分でしょ」


 方針は決まった。

 巴ちゃんと密着し、波動エネルギーを纏う。重力をすり抜け、浮いた。コントロールをミスって雲あたりまで突き抜けるようなヘマは、もうしない。

 俺は「乗り物」に徹し、他のすべては巴ちゃんに委ねる。同年代とのコミュニケーションは苦手なようだが、しかし頼れるパイロットだ。

 発進し、一秒にも満たない時間で浜世家に到着して、ブレーキをかけようとしたその時、

 制御が突然利かなくなった。


「は? ──うわあああぁあああぁぁあっ!? …………」


 制御出来なくなったのは一瞬だった。だから、巴ちゃん諸共墜落して死亡というバッドエンドは避けられた。とはいえ、まるで予測していなかった動作不良だったし、しかも急停止の直前だったから、慣性の法則に準じる何かによってダイナミックにぶっ飛ばされ、気づけば知らない空にいた。

 死ぬかと思った。昨日の屋上転移事件に続き二度目だ。


 高所。こうしょ。たかいところ。こわい!


「ひぃっ、ま、ママぁああっ!?」

「はいはいよちよち。目隠しちてポジティブシンキングちまちょうねぇ」

「はあ、はあ。ピンチの時こそ創作意欲。では歌います。曲名『スカイアンハピネス』」

「ウチの子、いつからシンガーソングライターになったのかしら。まさか、シンガーソングライターって響きがかっこいいからシンガーソングライターになったんじゃないでしょうね。もっと綿密な人生設計を立てなさい」

「別にシンガーソングライターじゃないけど、耳が痛いよ巴ママ。大学受験はちゃんとするとして、俺たちはどこから飛んできた?」

「大体の目星はついてるけれど、確定には少しかかるわ。しばらくこの高度で飛行するから、そのまま目を閉じてなさい」


 瞼に込める力を、さらに強めた。

 永遠とも思える三分ののち、ようやく地上に舞い戻れた。

 そこは浜世家の玄関前。浜世椎奈の到着と同時だった。

 黄髪の少女が目の前を横切る。視線が交錯する。彼女の背中へと、咄嗟に手を伸ばした。が、ナイフで刺された箇所に激痛が走り、腕を伸ばし切れなかった。

 間一髪で届かない。俺が高所恐怖症でなければ、タイムロスを防げたのに。

 勢いよく閉じられる、玄関の扉。

 巴ちゃんが叫ぶ。


「まだ間に合う! 突入よ!」


 赤玉の波動エネルギーを身に纏おうとする。が、先ほど味わったものと同じ感覚に見舞われた。上手く制御出来ないのだ。もどかしさに、頭と刺し傷が沸騰しそうになる。


「おかしい、どうなってる、ジャミングってヤツか……?」

「ああもう! ぶっ壊せばいいでしょ! どきなさいっ! ……あら?」


 ドアノブを引っ張ると、「どうぞいらっしゃい」とばかりに扉は開いた。鍵はかかっていなかった。

 追いついてきた桃架ちゃんとともに、あちこちを検分し回る。途中でリーも加わり、隅々まで調べ上げた。が、誰もいない。

 家はもぬけのからだった。

 なんというか、狐につままれた気分だった。慌ただしく自宅に入っていく彼女の姿、あれは幻覚か、あるいは白昼夢だったとでもいうのか。神隠しにでもあったみたいに、浜世椎奈の姿は消え失せていた。

 忽然と。


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