16 呼び出し
まだギスギスしているが、臨界点は過ぎたようだ。
厨二病と呼ばれたのは不愉快で業腹だったが、しかし浜世椎奈からの誘いに乗ることにした。針のむしろにいる感覚から一刻も早く脱したかったからだ。
すると、桃架ちゃんと巴ちゃんも行くと言い張った。道中、二人は互いを睨み続けるものの、言い争いや取っ組み合いは起きていない。
背後に充満する霊圧から逃げるように、指定された空き地に向かう。
リーに近づいた。小声で相談する。
「なあ。さっきの喧嘩なんだけど。どうして急に、巴ちゃんのお世話を俺が一生焼くか焼かないかみたいな話になった?」
「フウム。今までの亜人もそうだったが、ソラハも例に漏れず、周りの人間関係にはかなり鈍感なようネ」
「なんだと妖精、この野郎」
「察するに、トモエは依存体質ヨ。おばさんという唯一の心の拠り所を無くし、孤独に支配されそうになったちょうどその時、ソラハというとびっきりの依存先を見つけたネ。トモエは出会って二日目にしてソラハにだいぶ執着し始めていて、それをモモカに喝破されたというわけヨ」
「信頼し、愛していた自分の保護者がいなくなったら、そりゃ誰だって弱るだろ。俺で支えになれるのなら、喜んで巴ちゃんを支える。でも、あくまで一時的にだ。一生ってのはおかしい」
「普通はナ。そこで喧嘩の原因が効いてくるのヨ。トモエの性悪さ、そして暴力性ネ。あんな性格じゃあ、この先おばさんに代わる寄生相手が見つかる保証はどこにもないヨ。一度懐を許せば、トモエはきっと、一生キミに付き纏うネ」
「…………なるほど」
桃架ちゃんは巴ちゃんを「クズ」と評した。病院で行動を共にした限り、そういう印象は抱かなかったけど、浜世椎奈の理性を化け物に喰わせる発言や、桃架ちゃんへの恫喝行為、過去に起こしたらしい暴力事件などを踏まえると、同級生からクズと呼ばれるのも仕方はない気がする。
少なくとも、巴ちゃんが一般から逸脱した感性を有しているのは間違いなさそうだ。
「ハア。色付きは、どうも厄介な連中ばかりネ。まあでも、暴力に抵抗がないのは、眷属には適した資質ヨ」
「頭もいいしな。巴ちゃんにいなくなられると困る。それに俺は、別に嫌いじゃないんだ。ああいう子。ありがとうリー。整理がついたよ」
振り向いた。
巴ちゃんの眼を、正面から見据える。
「質問への答えだけど。巴ちゃん」「え……」
「一生は約束出来ない。でも、君が満足するまでは側にいるよ」
不安でいっぱいだった少女の顔が、パッと華やいだ。
罪悪感が湧く。拒絶は絶対にナシだった。が、一生側にいて欲しい人は他にいる以上、パーフェクトなイエスは返せない。
これは打算の言葉だ。彼女を利用するための。
桃架ちゃんから、負の気配が立ち上る。
「そ、そろそろ目的地だぜ」
「ふうん。静かでいい場所ね。夜なら星がよく見えそうだわ」
先ほどから一転、機嫌良さげに辺りの品定めを始める巴ちゃん。とりあえず良かった。真の解決は二人の仲直りだけど、すぐには無理だろう。同僚として、仕事をこなす間に亀裂が埋まることを祈ろう。
緩やかな坂道を登り、空き地に入る。低くも高くもない木で囲まれた円形のスペース、その真ん中に、山吹色の髪を生やした少女がいた。
「来てくれたんだね。厨二病のお兄さん。招かれざる客もいるようだが」
振り返りもせず、浜世椎奈は冷たく言い放つ。
「水晴巴。貴様はいるだけで不愉快だね。消えろ」
「不愉快はどっちよ。脳泥女。ヘドロみたいな思想に殉じて死になさい」
「私は寛容な方だ。馬鹿にされるくらいなら笑って許せる。でもね。人の考えを屁理屈こねて嘲笑った挙句、ほんの少しの挑発でブチギレて殴ってくる奴はさすがに嫌いなんだよ。しかも負けた腹いせに、私を犯人に仕立て上げて退学に追い込もうとした」
「教えてあげる。人の社会というのはね。言論の自由は建前で、あんたみたいな異端者は追放処分にした方がいいと相場が決まっているのよ」
「大変だったんだよ。水晴巴は真っ赤な嘘を先生にチクった。ロジックは完璧で、しかもぶっちぎりの成績優秀者の言うことだ。片や私は、客観的に見れば危険思想の持ち主。本当に退学にされそうになった」
「そのまま最終学歴が中学中退になっておけば良かったのに」
「でもね。一部の生徒がこう主張してくれた。『確かに浜世は信用出来ないが、水晴はそれを利用するクズだ』と。おかげで首の皮一枚繋がったよ」
「誰よそいつら……殺してやるっ……」
巴ちゃんは憤る。肩をワナワナと震わせて。
浜世はそこで突然ターンし、写真を一枚パシャリと撮った。
「はぁああぁ、いい顔。せいせいした。これで白米三杯はいける」
「なっ!? 死ねっ! ぶっ殺してやる! 殺す!」
「ふう。やはり日本国民は、天皇様にすべての権利を返すべきだ。生殺与奪のそれを含めてな。水晴みたいなゴミを、絶対的存在による一声で粛清するために」
「あんたが清められなさい! 私が綺麗さっぱり清めてやる! 昊刃! 私を魔法少女に変身させなさい!」
「え? 嫌だけど」「なんでよ!?」
「いや、その。聞く限り、全部巴ちゃんが悪いよ」
「はあぁあ!? ひどい! 私、戦っただけなのにっ」
「あはははは! あははははっ!」
俺たちのやり取りがツボに入ったらしく、浜世は哄笑を上げた。
魔法少女という言葉に、反応することもなく。
ひと仕切り笑ったのち、彼女はフッと真顔になった。前に会った時も思ったが、この子は切り替えが早い。
「さて。本題に入ろうか」
そう言って、ツカツカこちらに近づいてくる。
俺を呼び出したからには用事があるはずだが、なんだろう、見当もつかない。新政党の結成に名前だけでも貸して欲しいとか? それなら断る。
彼女が泊まったのは、ちょうど見下ろせる位置だった。上目遣いが可愛らしく、反射でつい微笑んでしまう。
腹に、鋭利なナニカが刺さった。
痛みが遅れてやってくる。理解はさらに遅刻する。
ナイフ?
「…………へ?」
「悪いが死んでくれ。厨二病のお兄さんが、捧げられる前に」




