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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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13 朝一番


 昨日は大変だった。

 よりにもよって病院に化け物が現れ、反応のあった部屋に足を踏み入れれば屋上から突き落とされ、初歩的な罠に引っかかり、空で高所恐怖症が爆発し、事件後に帰宅したら桃架ちゃんが玄関前で倒れていた。

 一瞬死んでいるのかと思って、心臓が凍りついた。

 悪い点ばかり並べたが、良いこともあった。賢く勇気のある青髪の少女、水晴巴が、人々の理性を食らう悪い化け物退治の仲間になってくれたのだ。厳密には「眷属」だけど、この呼び方は好きじゃない。書類上は部下であっても、対等な友人であると見做している。彼女は今後、化け物から世界を救うに心強い味方となってくれるだろう。

 リスの妖精リーによると、化け物(エギン)を殴れる亜人の俺には、奴らから世界を守る義務があるらしい。残念ながら実感はない。俺はただ、友達でかつ思い人たる白西の理性を取り戻したいだけだ。そのためには、強い化け物を倒し、アイテールの結晶を手に入れる必要がある。

 話を桃架ちゃんに戻そう。彼女は生きていた。けども、呼吸は荒くしんどそうで、時節うなされてもいた。リーが気付いたのだが、体調不良の原因は「アイテールの巡りが悪くなったこと」だった。しかしその原因となると、不吉にも見当もつかない。

 左手を当てたら落ち着き、今朝にはケロリと治った。大事を取って、彼女の中学校には休みの連絡を入れてある。

 と言うわけで、楽しい晩餐会とは行かなかったけど、巴ちゃんと作ったシチューはそれなりに美味しかった。おばさんの件が落ち着いた後でまた来てくれるらしい。

 まだ仮ではあるのだけど、ウチのアパートに引っ越す話も出ている。

 今日は月曜日だ。体は軽くない。化け物は出ないだろう。いつもの時間よりだいぶ早く高校へと赴く。本人に代わって登校する白西の幻がそうとバレぬよう、色々と準備するためだ。俺の学校到着二十分後、幻を使って、白西が特別に借りている学校近くの女性社員寮から、彼女が出発したように見せかける。

 誰もいない教室で、自分の机にカバンを置く。朝の静謐な空気は、新鮮だ。

 白西の席に向かう。椅子の足は四本。パイプ状で、中は空洞になっている。すり抜ける力を使い、リーから渡された装置を四足すべてに仕込んだ。ジェルを注入して、音が鳴らないよう固定。

 幻を実体化させるためのものらしい。

 作業終了から三分後、真面目なクラス委員長が登校してきた。


「珍しい。先客がいるとは」「ん? ああ、一人で自分を見つめ直したくて」


 彼とはほとんど接点がない。話す必要がある時以外は、静かに読書している印象がある。だから、声をかけられて驚いた。咄嗟におかしな嘘を吐いてしまうくらいには。


「自分を見つめ直したいなら、もっといい方法があるんじゃないかな」

「もっといい方法? 滝行? マラソン? あるいは四国でお遍路巡りとか」

「いやあ、そこまでハードなことを提案するつもりはないけどさ。でも、自分を見つめ直したいってことは、自分の新しい側面を発見したいってことじゃない? だとすると、一番必要なのは創造性で、それは、朝早くに学校に来て座っていたところで得られるものじゃないと思うんだ」


 見つめ直したいと考えるほど、現在の自分に飽きてなどいない。だけど、委員長の話は興味深かった。

 乗ってみる。


「それは……盲点だったな。『一度立ち止まって考えてみよう』ってのは使い古されたアドバイスだけど、本当に立ち止まった時、そして座り込んでしまった時、行き止まりに遭ったような錯覚に陥ることがよくあるよ。最大の敵は閉塞感だ。どうすれば創造的になれるかな」

「滝行ではないけど室内プールとか。マラソンではないけどちょっと走ってみたり、あるいはお遍路ではないけど古本屋を巡ったりとか。僕は沐浴とか好きだよ。例えば、病院近くの雑木林で──」


 病院。その言葉に耳聡く反応する。

 彼は慌てて口を噤んだ。


「ごめん。センシティブな単語だった。昨日、とんでもない事件が起きたって」

「俺も聞いたよ。大変だったと」


 実際には当事者の一人だが、すっとぼけてみる。

 普通の人が、昨日の出来事をどう受け止めているのか知りたい。


「でも、又聞きの又聞きで。事件の詳しい内容を知ってたりする?」

「ごめん。僕も、内実はあまり……。病院にいた一部の人たちが、突然暴れ出したとしか。具体的な被害状況は全然分からない」

「十分だよ。ありがとう」


 化け物クラゲの出現については何も知らないようだ。大きなネタだし、知っていたら喋っているはず。化け物は、亜人でなくとも視認は可能だ。目撃者がゼロとは到底思えない。見た人間が全員やられたとも。

 箝口令でも敷かれたのか?


「あと、これも知ってると思うけど。しばらく休校の可能性が高いって」

「え?」「僕は委員長だから、一応来てはみたけど」


 メールボックスを確認する。ちょうど俺がアパートを出た時間に、学校からのメッセージが届いていた。サイレントモードのせいで見逃した。

 新しいメールが届く。事実確認は完璧でないものの、病院で危険な薬物が散布された可能性がある。安全が確認されるまでの休校が正式に決まったとのことだった。

 開けっ放しの出入り口から、教室に誰か入ってくる。


「鳥矢。鳥矢じゃないか」「……昊刃。ちーす」

「ちーす。今日休校らしいぜ」「なんだって?」

「じゃあ僕は帰るよ。鈴木くん、鳥矢くん、さようなら」


 委員長は、バッグを持ってさっさと出て行ってしまった。

 鳥矢と二人で取り残される。


「俺たちも帰るか」「なあ」


 軽く振り向いた。いつもと変わらず呑気な調子から、大した用事じゃないと反射的に判断していた。


「昨日。病院にいた?」


 予期せぬ問いに、背筋が凍りついた。


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