12 強さのルール
個室から出た。スライド式の扉を静かに閉める。
廊下には誰もいない。しかし、どこか空気がピリついているように感じられた。事実として、下の階は怒号と喧騒が飛び交っている。化け物クラゲによって、二号館の三階までにいた多くの人々が被害にあったからだ。
室のお母さんもいたはず。ひょっとするとお父さんも。無事ならいいけど。
認識阻害の効力下、理性を失った被害者たちに左手を当てて鎮めた。だがそれは、一時的な気休めでしかない。
根本的な解決ではない。
オレンジ色の光が窓から差し込む。
「おばさん、死んじゃったわ」「うん」
「苦しかったはずなのに、最期は笑ってた。きっと昊刃が、『魔法少女の私』をおばさんに見せてあげたからよ」
「そうかな」「間違いないわ」
おばさんの魂に情報を送ったのち、俺が二回目の気絶をかましている間に、彼女はぽっくりと逝っちまったらしい。外を眺めながら、ぼんやりと考える。あと一週間も保たないとのことだったが、とはいえ、少なくとも今日明日は生きられたのではなかったのか。俺が干渉して、死期を早めたのではないか。
これで本当に良かったのか。
「満足そうだった。それで十分よ。後は何もかも余計だわ」
「大人びてるな。俺は、自分がドライだと思い込んでた。なのに今、余計なことを考えずにはいられない。おばさんの心は……君に向ける愛は、とても暖かかった。しっちゃかめっちゃかな激流の中にあっても、とても心地が良かった。だからその喪失は、俺の心を凍えさせるんだ。寒くて冷えて、仕方ない。ああ。これって、寂しいんだな」
「ホント細かい男ね」
病院を出る。警官など司法の番人たちがたくさん出張っていたものの、彼らと関わるつもりは毛頭ない。手を組んだところで被害を増やすだけだ。
とはいえ、街の監視網はより密になるだろう。怪しまれるはずがないとタカを括っているうちに、小さな不審を注視されてマークされる危険はある。
リーには認識阻害で大活躍してもらわねば。
「妖精を過剰に扱き使うとバチが当たるネ」「マジか」
「冗談ヨ」
「ねえ、昊刃。あなたの家に行っていい? 場所を確認しておきたいわ」
「もちろん。夕食もどうぞご一緒に」「ありがとう」
「化け物の被害者二人を保護してるのと、桃架ちゃんも席を共にするだろうから、だいぶ狭いだろうけど、許してね」
「桃架ちゃん? 富良野桃架?」
問い返してくる。どこか刺々しい。怯んでしまいそうだ。
「あ、ああ。家が隣で。というか、彼女の母親が被害者の一人で。クラス違うけど同級生だよね? ひょっとして、桃架ちゃんと仲が悪かったりする?」
「いえ。面識はほとんどないわ」
知っている。桃架ちゃんからそう聞いた。さらに言うと、面識がほとんどないにもかかわらず、桃架ちゃんから巴ちゃんへの印象は、あまり良くなさそうだった。
髪の色が周りと違う。同じ境遇だからといって、特別な縁が芽生えるとは限らないようだ。
巴ちゃんのリクエストでシチューに決まった。スーパーで食料を買い込む。出費が激しい。
金策は必定だ。アパートの管理人さんに相談しよう。あのだらしねえ子供部屋おじさんに代わり、事実上、管理業務は俺が引き受けているのだ。
小遣いくらい貰ってもいいと常々思っていた。
アパートまで徒歩五分という場所で、着信音が鳴る。巴ちゃんのスマホからだ。会話を聞くに、病院からの連絡だ。彼女のおばさんの死亡が確認され、霊安室に運ばれた。病院で大きな事件が起き、ご家族の来訪に対応出来る状況ではない。誠に申し訳ないと。
病院は、巴ちゃんがおばさんの死に目に立ち会ったとは知らない。
リーが話しかけてくる。
「あの子は非常に優秀ネ」「言われなくても分かってるが?」
「なるべく気に入られておけヨ。ご機嫌取りして距離を詰めロ。主との深い絆によっても眷属レベルは上がるネ」
「…………」「どうしたネ?」
「そういうの教えられちゃうとさ。仲良くなろうとするのが下心ありきになっちゃうじゃん。良くないんじゃないかな。良くないと思うよ」
「良くないが、急いで欲しいネ。胸騒ぎがするヨ。今回は、いつもと違うネ」
真剣な表情で、リーはそう言った。焦っているようだ。
彼によると、今の段階であのクラゲほど強力な化け物が出現するのはあり得ないとのことだった。深刻な事態なのかもしれないけど、その度合いはまったく測れない。リーと違って俺は素人だ。
「一つ質問がある」「ンネ?」
「白西……被害者を元に戻すためには、強い化け物がドロップするアイテールの結晶が必要なんだろ? どのくらい強い奴を倒せば手に入る?」
「脅威度A以上ネ」「そりゃあ恐ろしいな。知らんけど」
「C中位たるクラゲと比較すれば、おおよそ百倍強いネ」
「やばい気がしてきた」
「強さにはルールがあるヨ。いいカ? 形が明確で、しかも恐れられているモノほど厄介ネ。シロニシからアイテールを奪ったエギンは奇妙な形だっタロ? 気持ち悪いが、そのイメージと確固たる結び付きのある人々の畏怖がないから弱かったネ。一方のクラゲには、『毒針で刺してくるから怖い』という怖さがあるダロ? だから結構強いネ」
「ほう。ライオンとかドラゴンが出てきたらエグいってこと?」
「前者だったら脅威度A以上、後者は脅威度S以上あると考えていいヨ」
畏れられているモノほど強い。創作世界の妖怪や悪魔みたいな設定だ。
人には怖いモノがいっぱいある。天を仰いだ。
「空、暗くなってきたな……」
「待たせたわね。早く行きましょう」
催促される。「早く」と言う割に、巴ちゃんの歩みはゆっくりだった。
「野菜の切り方にこだわりとかある?」
「玉ねぎとにんじんはなるべく細かく切って。ブロッコリーも」
「きのこは?」「エリンギ以外大丈夫」
「苦手なの?」「毒の味がする」
しないだろ。服毒の経験はないから分からんけど。
独特の味と言うのなら理解出来る。エリンギへの評価として偶に見かけるが、「癖がない」には賛同しない。
「シチューを作って食べた後となると、だいぶ遅くなっちゃうけど、どうする? 桃架ちゃんに頼めば泊めてくれると思う」
「変身すればその辺の変質者には負けないし、飛べるネ」
「魔法少女の力にはまだ慣れていないから、泊めていただきたいわね」
「オッケー。桃架ちゃんにメッセージしとく」
十分後、アパートに到着するまで、既読は付かなかった。
その程度、別に不思議でもなんでもない。粘着質な恋人でもあるまいし、疑問など抱くはずもなかった。
自室の扉を開ける。
「えっ──?」
玄関前の廊下で、桃架ちゃんが倒れていた。
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