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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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11 高所恐怖症


 階段を降りた先、エントランス・ロビーの真ん中に、黒いクラゲがいた。

 ただでさえグロいエチゼンクラゲをさらに凶悪にしたような、禍々しい外見。

 そしてデカい傘。直径五メートルはある。触手は大半が床に埋まっており(・・・・・・・・)、その長さは不明。文句の付けようなく化け物だ。

 金切り声を上げながら、人々は逃げまとう。

 クラゲは触手をもたげた。放射状に展開し、逃亡者の背中に突き刺す。続々と倒れていく彼ら。


「っ!? 死んだの?」

「違う。アイテールを奪われ、ショックで一時的に気絶している。残念ながら、気絶しただけじゃない。次に目を覚ました時、彼らは理性を失っている」

「なるほど。敵は洒落にならない悪のモンスターというわけね。面白い」

「いや、はは。面白くはないだろ──危ないっ!?」


 巴ちゃんの身柄を抱え、横にすっ飛ぶ。真後ろに触手が突っ込んできた。作戦会議の余裕もないようだ。

 化け物はグルグルと回転し、天井をすり抜け上階に赴く。


「あ、ありがと」「ごめん。ちょっと持ち方変える」

「あの、これはいわゆる、お姫様抱っこというヤツかしら……」


 上にはより多くの人がいる。理性なき人間が増えれば、それだけ街の治安悪化の恐れが大きくなる。両親の死亡を経験したからだろうか、人の死はすんなりと受け入れられる方だが、生きる社会の混乱は断じてノーだ。

 自身と巴ちゃんの体に、左手赤玉産の波動エネルギーを纏わせた。

 屋上から落ちた時を思い出す。コンクリートに沈み込んだのち、俺は浮くことが出来た。すなわち、重力に逆らえた。

 物質を無視するだけでなく、重力もすり抜けられる。


「なら、俺たちも飛べるはずだ」


 あのお化けクラゲみたく。

 目論見は正しく、そうであるのが自然かのように、俺たちは宙に浮かんだ。浮かぶという表現は、本当は適切でないかもしれない。浮遊感は一切なかった。

 これは、あれだ。「位置座標が地上よりも高くなった」。


「キャアあっ、回ってる、回ってるっ!?」

「ああ、ああ、ごめん、姿勢のコントロールが上手く出来なくて」

「飛んでる、意味不明だけれど私たち、飛んでる! あは、あはははは! すごい! 楽しい、楽しいわ! モンシロ蝶になったみたい!」

「あはははは? 楽しい? そうかな? そういうことにしとくか。飛ぶのは楽しい! 偉大な発見!」

「お楽しみのところ申し訳ないが、一つ注意事項があるヨ。あのクラゲ型エギンは、二日前にソラハが倒した奴よりもはるかに強いネ。この時期に現れるモノとしてはあり得ないぐらい強力ヨ。脅威度Cネ」

「脅威度? 指標があるのか?」「前のはFヨ」

「なるほど。では、心してかかろうか」


 コツが掴めてきた。姿勢を安定させる。

 深呼吸して覚悟を決める。飛翔を開始した。想像の五倍は早い。あっという間に化け物を通り過ぎ、屋上を越え、上空、隣街が見える位置まで来てやっと止まれた。

 強風が吹く。すり抜けて感じないはずなのに、寒い。

 病院に戻らなければ。つまり地球に向かって高速で体当たりする必要がある。


 すり抜けるのは分かっている。

 だというに、恐ろしいほどの心理的抵抗を覚えた。


 実を言うと、俺には元々、高所恐怖症のケがある。落ちたらどうしよう、この気持ちを克服出来たことはない。

 だから、屋上に転移させられた時、本当にヤバかった。検証のため二回目に検査室へと足を踏み入れた時には、心臓はバクバクで、瞼をギュッと閉じていた。

 正直になろう。飛ぶのが楽しいなんて強がりだ。こういうのは理屈じゃないんだ。ああ、姿勢の調節よりも、高さと速さのそれの方がもっと難しい。

 息が荒くなってくる。


「はあ、はあ…………」


 怖い。腕が強張る。


「はあっ、はあっ」「昊刃。落ち着いて」


 緊張を見抜かれ、巴ちゃんに気遣われた。

 この子は落ち着いている。怖くないのだろうか。

 頭を撫でられた。錯覚だろうか、彼女の体が、優しい青い光で包まれているように見える。

 恐怖による苦しみが、消えていく。


「私も一緒に(・・・)飛ぶ」「え?」

「この力の使い方、少し分かってきたわ」「……もう?」

「ええ。私は賢いの。昊刃はリラックスして、操縦権を半分譲りなさい」

「えっと、こう?」

「うーん。やっぱり九割寄越しなさい。あなたは目を瞑り、化け物(もくひょう)に向かって落ちてくれればいい。大丈夫よ。失敗しないから」

「頼もしいな、巴ちゃん。『落ちる』じゃなくて『位置座標を地表近くに移動させる』だ」


 神経質な指摘に対し、魔法少女は朗らかに笑った。


「へえそうなの。細かい男。嫌いじゃないわ」


 呼吸が安らいでいく。大丈夫。亜人としての役割を、熟せそうな気がしてきた。

 化け物の居場所を精確に割り出す。発進し、高速で近づく。

 飛行は極めて安定していた。さすが巴ちゃん。気絶時間を差し引くと、彼女と知り合ってまだ一時間も経っていないが、尊敬すべき賢い人間であるのは明らかだった。

 どう考えても「眷属」などという器ではない。俺が部下になるべきだ。

 靴底もペロペロ舐めよう。


 左拳を振るう。

 狙い正しく、化け物クラゲのど真ん中を突き抜けた。

 それは、魂から不快に感じる断末魔の叫びと共に、消えた。


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