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アカの亜人  作者: オッコー勝森
第1章 Yellow

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10 忠誠心


 状態異常:気絶が解けたらしい。

 床は硬いが、頭だけ柔らかい。上体を起こして振り返ると、端のほつれた古い枕が敷かれていた。


「廃棄予定のものを拾ってきたネ。感謝するといいヨ」

「おはよう。ありがとう。腹が減ったな。どれくらい眠っていた?」

「四時間弱ヨ」「化け物は?」「まだ活性化してないはずネ」

「起きた?」


 丸椅子に座る水晴さんから声をかけられた。膝のノートパソコンを閉じて、俺に歩み寄ってくる。


「そこのリス妖精に言われて、左手の赤玉を舐めたわ」

「何味だった? いちご?」

「脈動してた。ホントに体の一部なのね。気持ち悪い」「酷いな」


 立ち上がり、伸びをした。床で寝ていたにもかかわらず、どこも凝っている様子がない。パワーが有り余っている。白西の好きなところを叫びながら全力疾走出来そうだ。

 体が軽い。気絶する前よりも軽くなっている気さえする。


「ごめんなさい。気持ち悪いは言い過ぎたわ。訂正する。意味不明。でも、これで契約は結ばれたわけでしょ、ご主人様? 私が眷属だなんて業腹だけれど」

「そうだね。怒るのも当然だ。側から見れば、水晴さんは王女で、俺は平民出身の召使で、隅の埃を目ざとく見つけ一つ残らず殲滅するのが得意」

「鈴木さんも、将来有望な伯爵の御曹司で通るんじゃない?」

「上司にお世辞? 昊刃でいいよ」

「分かったわ。昊刃」


 彼女はそう呼びかけて、キラリと光る熱っぽい瞳でこちらを見つめてくる。

 期待に胸を膨らませている。早く本題に入ってほしいと。


「えっと。憧れの変身にワクワクしているところ悪いけど」

「なっ!? べっ、別に、ワクワクなんてしてないわ!」

「魔法少女レベル1の衣装は、それほど大したことないらしい。リーが言ってた。シンプルなワンピースとかだろうって」

「服装の種類は眷属のパーソナリティに依るネ」

「とにかく、どんなコーディネートであっても、最初はみすぼらしい。まあでも、戦いを経るごとに段々と豪華になっていくから。多分」

「努力が見えやすいってことでしょ? むしろ私好みだわ」

「よし。じゃあ変身させるよ。上手くいってくれよ」


 桃架ちゃんは、なぜか成功しなかった。

 いるかも分からない魔法少女の神に祈りを捧げつつ、水晴巴のメタモルフォーゼを念じる。

 彼女の体が光で包まれた。眩しくて直視出来ない。

 発光はすぐに収まる。現れた水晴さんは、ナースコンセプトの衣装を着ていた。上半身にはスカイブルーのケーシー。袖や裾に、ちょっとしたフリルがあしらわれている。ズボンは滑らかなベージュカラーで、形はノーマルだ。

 青い髪の右上には、小さなナースキャップがちょこんと乗っている。


「なあリー。どこがみすぼらしいの? 可愛いじゃん」

「可愛いネ」「コスチュームは場所にも左右されるのか?」

「分からんネ。ボクも、亜人のすべてを知ってるわけではないヨ」

「学者みたいなこと言うんだな。知らないのに知ってるフリが一番困るよね」

「同感よ。鏡がないのが残念だわ」


 衣装のあちこちを引っ張ってから、水晴さんはポーズを取り始めた。スマホで撮影し、データをエアドロップで送る。パソコンで眺めつつ、彼女は顔を綻ばせた。


「うん、いいわね。すごい。生まれ変わった気分。どういう理屈なんだろ」

「魔法少女は理屈じゃない。原初より人の心で燃え滾る情熱から生まれる」

「ホントに熱で浮かされた気分。思考が戦闘民族のそれに置き換わっていく。ああ、なんなのかしら、この気持ち。この高揚感。不遜な侵略者どもをぶち殺し、ご主人様から功を賜りたい」

「大丈夫? ハイになってる? 俺のいちご味キャンディは危険物質なの?」

「眷属としての忠誠心が芽生えただけネ」「はあ。御恩と奉公かよ」


 妖精の淡白な返事に、腕を組み天を仰ぐ。他人に忠誠心を植え付けるって、悪人の所業では。

 発現してしまったものは仕方がない。罪滅ぼしとして、彼女の忠誠心に見合う人間になろう。清貧と潔白を胸に抱き、毎日鍛錬を欠かさず行い一日十時間勉強する。無理だな。

 青い魔法少女はパソコンをしまい、立ち上がる。ベッドに歩み寄り、悲しげなトーンで呟いた。


「このハレの姿を、おばさんにも見せてあげたいわ……」

「俺の視覚フィルター越しに映る水晴さんの姿なら、さっきの方法でおばさんの魂に送信出来る。いいよな、リー?」

「なるべく知られぬようにすべきだが、この人はもう長くないネ」

「でも今倒れるわけにはいかない。先に化け物をぶち殺さなければ。行こう」


 新たなメンバーを加え、意気揚々と超音波検査室に向かう。生憎、使用中だった。近くの角で様子を見守る。妖精の認識阻害(おまじない)は効いているため、見つかる恐れはない。


「俺があの部屋に入ると、屋上に突き飛ばされる」

「転移ってこと? まさしく魔法ね。私なら入れるの?」

「多分。もしもの時は俺もすぐに飛び込む。必ず水晴さんを守るよ」

「昊刃。呼び方は巴でいいわ」


 スマホの時計を眺める。化け物が活性化するまで、もうあまり余裕はないはずだ。早く出てきて欲しい。焦ってしまう。

 五分後、検査室から医者とおじいちゃんが現れた。看護師が後片付けをし、電気を消して鍵を閉める。おじいちゃんたちはまだ廊下の半ばにいた。スロー再生を眺めている気分だ。

 耳をすませば、エレベータの起動音。急いで検査室扉に駆け寄り、すり抜ける左手で鍵を開ける。突入した巴は、流れるように部屋を調べた。

 調べ尽くした。


「いないわ。化け物なんて」


 首を横に振り、呆然と言う。

 おかしいな。どういうことだろう。「あ」と、口元に手を当てた。最初にソナーを使った際、この部屋辺りに違和感を覚えた時点で調査を打ち切ってしまった。素人丸出しだ。

 再び波動を放出し、その反響を吟味する。

 地下の霊安室。

 階段で一階に降りたのと同時に、あちこちから悲鳴が聞こえた。

 遅かった。


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