10 忠誠心
状態異常:気絶が解けたらしい。
床は硬いが、頭だけ柔らかい。上体を起こして振り返ると、端のほつれた古い枕が敷かれていた。
「廃棄予定のものを拾ってきたネ。感謝するといいヨ」
「おはよう。ありがとう。腹が減ったな。どれくらい眠っていた?」
「四時間弱ヨ」「化け物は?」「まだ活性化してないはずネ」
「起きた?」
丸椅子に座る水晴さんから声をかけられた。膝のノートパソコンを閉じて、俺に歩み寄ってくる。
「そこのリス妖精に言われて、左手の赤玉を舐めたわ」
「何味だった? いちご?」
「脈動してた。ホントに体の一部なのね。気持ち悪い」「酷いな」
立ち上がり、伸びをした。床で寝ていたにもかかわらず、どこも凝っている様子がない。パワーが有り余っている。白西の好きなところを叫びながら全力疾走出来そうだ。
体が軽い。気絶する前よりも軽くなっている気さえする。
「ごめんなさい。気持ち悪いは言い過ぎたわ。訂正する。意味不明。でも、これで契約は結ばれたわけでしょ、ご主人様? 私が眷属だなんて業腹だけれど」
「そうだね。怒るのも当然だ。側から見れば、水晴さんは王女で、俺は平民出身の召使で、隅の埃を目ざとく見つけ一つ残らず殲滅するのが得意」
「鈴木さんも、将来有望な伯爵の御曹司で通るんじゃない?」
「上司にお世辞? 昊刃でいいよ」
「分かったわ。昊刃」
彼女はそう呼びかけて、キラリと光る熱っぽい瞳でこちらを見つめてくる。
期待に胸を膨らませている。早く本題に入ってほしいと。
「えっと。憧れの変身にワクワクしているところ悪いけど」
「なっ!? べっ、別に、ワクワクなんてしてないわ!」
「魔法少女レベル1の衣装は、それほど大したことないらしい。リーが言ってた。シンプルなワンピースとかだろうって」
「服装の種類は眷属のパーソナリティに依るネ」
「とにかく、どんなコーディネートであっても、最初はみすぼらしい。まあでも、戦いを経るごとに段々と豪華になっていくから。多分」
「努力が見えやすいってことでしょ? むしろ私好みだわ」
「よし。じゃあ変身させるよ。上手くいってくれよ」
桃架ちゃんは、なぜか成功しなかった。
いるかも分からない魔法少女の神に祈りを捧げつつ、水晴巴のメタモルフォーゼを念じる。
彼女の体が光で包まれた。眩しくて直視出来ない。
発光はすぐに収まる。現れた水晴さんは、ナースコンセプトの衣装を着ていた。上半身にはスカイブルーのケーシー。袖や裾に、ちょっとしたフリルがあしらわれている。ズボンは滑らかなベージュカラーで、形はノーマルだ。
青い髪の右上には、小さなナースキャップがちょこんと乗っている。
「なあリー。どこがみすぼらしいの? 可愛いじゃん」
「可愛いネ」「コスチュームは場所にも左右されるのか?」
「分からんネ。ボクも、亜人のすべてを知ってるわけではないヨ」
「学者みたいなこと言うんだな。知らないのに知ってるフリが一番困るよね」
「同感よ。鏡がないのが残念だわ」
衣装のあちこちを引っ張ってから、水晴さんはポーズを取り始めた。スマホで撮影し、データをエアドロップで送る。パソコンで眺めつつ、彼女は顔を綻ばせた。
「うん、いいわね。すごい。生まれ変わった気分。どういう理屈なんだろ」
「魔法少女は理屈じゃない。原初より人の心で燃え滾る情熱から生まれる」
「ホントに熱で浮かされた気分。思考が戦闘民族のそれに置き換わっていく。ああ、なんなのかしら、この気持ち。この高揚感。不遜な侵略者どもをぶち殺し、ご主人様から功を賜りたい」
「大丈夫? ハイになってる? 俺のいちご味キャンディは危険物質なの?」
「眷属としての忠誠心が芽生えただけネ」「はあ。御恩と奉公かよ」
妖精の淡白な返事に、腕を組み天を仰ぐ。他人に忠誠心を植え付けるって、悪人の所業では。
発現してしまったものは仕方がない。罪滅ぼしとして、彼女の忠誠心に見合う人間になろう。清貧と潔白を胸に抱き、毎日鍛錬を欠かさず行い一日十時間勉強する。無理だな。
青い魔法少女はパソコンをしまい、立ち上がる。ベッドに歩み寄り、悲しげなトーンで呟いた。
「このハレの姿を、おばさんにも見せてあげたいわ……」
「俺の視覚フィルター越しに映る水晴さんの姿なら、さっきの方法でおばさんの魂に送信出来る。いいよな、リー?」
「なるべく知られぬようにすべきだが、この人はもう長くないネ」
「でも今倒れるわけにはいかない。先に化け物をぶち殺さなければ。行こう」
新たなメンバーを加え、意気揚々と超音波検査室に向かう。生憎、使用中だった。近くの角で様子を見守る。妖精の認識阻害は効いているため、見つかる恐れはない。
「俺があの部屋に入ると、屋上に突き飛ばされる」
「転移ってこと? まさしく魔法ね。私なら入れるの?」
「多分。もしもの時は俺もすぐに飛び込む。必ず水晴さんを守るよ」
「昊刃。呼び方は巴でいいわ」
スマホの時計を眺める。化け物が活性化するまで、もうあまり余裕はないはずだ。早く出てきて欲しい。焦ってしまう。
五分後、検査室から医者とおじいちゃんが現れた。看護師が後片付けをし、電気を消して鍵を閉める。おじいちゃんたちはまだ廊下の半ばにいた。スロー再生を眺めている気分だ。
耳をすませば、エレベータの起動音。急いで検査室扉に駆け寄り、すり抜ける左手で鍵を開ける。突入した巴は、流れるように部屋を調べた。
調べ尽くした。
「いないわ。化け物なんて」
首を横に振り、呆然と言う。
おかしいな。どういうことだろう。「あ」と、口元に手を当てた。最初にソナーを使った際、この部屋辺りに違和感を覚えた時点で調査を打ち切ってしまった。素人丸出しだ。
再び波動を放出し、その反響を吟味する。
地下の霊安室。
階段で一階に降りたのと同時に、あちこちから悲鳴が聞こえた。
遅かった。




