17 謎だらけ・バグだらけ
「浜世冥部隊、結局メイっち以外は全滅? メイっち本人とは連絡途絶?」
六華の父、無頼は目を丸くする。即座に尋ね返した。
「どこで?」「あまり有名ではない山でして。地図ではここです」
部下が指差した地点に、無頼は唸る。ピンと来てないようだ。
「大規模な戦闘跡がありました」
「どうしてそんな場所でバトったんだ? まあいいか。とにかく、『亜人』は鈴木昊刃で確定だな」
ホワイトボードから鈴木昊刃以外の写真が取り除かれる。
会議室の扉が開いた。少女が入ってくる。ギプスを巻かれた右腕が、首からかけた三角巾に置かれていた。
「ただいま復帰であります!」
六華は元気よく声を上げる。ズカズカ歩き、ホワイトボード前の椅子に座った。彼女は親に似てガサツなところがある。小心な無頼の部下は、怪我が再発しないかと、ヒヤヒヤしながら様子を眺めていた。
「六華。心はともかく、体はまだ完全には治ってねえだろ。寝とけ」
「大丈夫大丈夫でありますよ。ん? おお父さ……隊長。もう『亜人』を特定したでありますか? 我輩、大したことは証言出来なかったでありますのに……。さすが、手際がいいでありますな」
「まあな。これくらい朝飯前よ」
会議室にいた他の誰もが口を閉ざした。自らの恥ずかしいプライバシーが父親にダダ漏れであること、それが故に亜人の候補を絞り込めたことは、娘には把握されていないらしい。可哀想だと同情する。
「写真の男。どう思う?」
「え? そ、そうでありますな。なかなかかっこいいでありますが……ごほん。そんなことより、冥さんが心配でありますな」
「メイっちの死亡シグナルは来てない。他の三人のは同時に入ったが……」
「が? であります?」
「妙なんだ。シグナル発生直後に現場に急行した奴が、戦闘後一時間は経ってたって言ってんだよ」
六華は眉を顰める。無事な左手を顎に当てた。確かに変だ。
シグナルは死亡確定直後に発せられる。戦闘が終わってからしばらくして術師三人同時に送られてきたという事実は、彼らは戦闘中に半殺しにされたのち、幾分かのタイムラグを置き、タイミングを合わせて事切れたことを意味する。
明らかな作為を感じさせる。しかし、戦闘終了後に術師を一斉に殺す意味が不明だ。六華は首を傾げる。そんな中途半端なことはせず、敵は殺せる時に殺してしまった方が良い。
「亜人」からの何らかのメッセージだろうか。それよりも。
六華は口を開く。
「『亜人』、あるいはその眷属によって、デバイスシグナルを妨害する結界が張られていたでありますか?」
「その可能性が高いな」
「こちらの術式が漏れているということでありましょうか。まあ、浜世椎奈が裏切ってあちらについたようでありますし」
「裏切ってって、おいおい。あの子を無碍に扱ってきたのは俺たちだ。お前だって、いじめられているのを知っていて無視してたじゃねえか。運命の王子様にコロッと靡いたとしても、俺には責められねえよ」
「しかしでありますよ、あんなに天皇様天皇様ばかり言っておいて」
「縋るもんが必要だったんだろうよ。というか、俺たちが皇家の護衛をタテに暴力を振るってるのは本当だ。感謝はすべきだぞ。『いただきます』くらいのニュアンスで」
「食い物にしてるでありますな」
実際、食い物にしているという見方も出来なくもない。浜世家含む邪馬台国市民の生活は、かなりの割合が税金によって賄われている。江戸時代以降、皇家の血筋を狙う怪異は激減したにもかかわらず、未だ皇家護衛という伝統的な名目にしがみついているからこそ、政府からの密かな資金援助があった。
会話に一区切りついたと見るや、無頼に報告していた男が、六華に菓子を差し出した。片手でも食べやすいドーナツだ。税金で購入した小麦・砂糖・油などから、邪馬台国内で製造されたものである。
「いただきますであります。美味いでありますな」
「おい。俺の分はないのか?」「ないですね」
「ないかあ。そうだ六華。最後に散々な目に遭っちまったけど、初めて外の世界に長期滞在したんだ。どうだった? 蝶は見れたか?」
「うーん、でありますなあ」
歯切れが悪い。無頼は眉を曇らせる。
「なんだ、お前らしくもねえ」
「『亜人』に関しての記憶はまったくないでありますが、そのほかのことについても朧げなのでありますよ。公園で普通の子たちと遊んだり、蝶を見たり、父さんと音楽の大会に行ったりしたことが、記録としては残っているのに、体験したという感覚が希薄なのであります」
「医者じゃねえし、不思議だなとしか言えねえが、肝心のお医者様も身体に異状はないと断言しちまってるしなあ」
「人の脳は謎だらけでありますから。謎だらけ、バグだらけであります」
「悟ったようなこと言いやがって。大きな決断はバグんなきゃ出来ねえぞ」
「バグんなきゃって……」
六華の頭に痛みが走る。その拍子に、食べかけのドーナツを落とした。
「あっ……? ……??」
「おい、大丈夫か? やっぱまだ休んでた方がいいぜ」
「も、問題ないであります!」
彼女は立ち上がる。血刻術式「虚手形無」を器用に使って、ドーナツの地面に当たった部分だけを削ぎ落とし、一口で食べてしまった。
そのまま扉へ足を向ける。
「どこに?」「我輩は冥さんを探しに行くであります」
「一人称『我輩』はやめろよ。ダセェ」
「だせ……っ!? ふんっ! であります」
肩を怒らせ去っていく娘の背中に、無頼は安堵の思いを抱く。まだ養生しておいて欲しいのは確かだが、こちらの作戦に無理に参加されるよりずっとマシだ。
彼は部下たちに言う。
「よし。今から果し状を送るぜ。『亜人』によぉ」




