12 空爆
亜人の「火」は、高密度の波動エネルギーである。
実際に起きているのは、燃焼とはまったく異なる現象だ。本物の火ではなく、ただ似ているだけ。
だから亜火。
赤い亜火。
何度も言及したことだが、戦闘で「火」を用いると、体力の消耗が著しい。間違ってはないけども、実のところ、この表現には少し語弊がある。
より正確には、波動エネルギーを「火」として保つのに、すなわち高密度状態の維持に体力を激しく使う。それで以って、「火」を出すこと自体は、あまり難しくないのである。
桃架ちゃんの質問には、「その手があったか」と素直に感心した。
「火」の暴発。生み出した「火」をあえて維持せず、込められた膨大な力を爆発させる。街でやったら甚大な被害をもたらす。故に意識の外に追いやっていた戦法だけど、人のほとんどいない冬の雪山で、どこかに隠れているだろう敵を炙り出すためならば、非常に有効な選択肢に思えた。
桃架ちゃんに脇を持ち上げられた。左手をブランと垂らせば、亜人式爆撃機の完成だ。
「じゃあまずは、青クズで試し打ちをしましょう」
「何が『じゃあ』だよ。第三章が始まってから、君はずっと巴ちゃんを殺そうとしているな」
「いえ。前日譚の時からすでに殺したいと思ってました」
「おかしい。この作品、前日譚はまだやってないはずなんだけども……。とにかく、心配はありがたいけど、不要だよ。上手くやるから大丈夫」
左手の赤玉に意識を集中させた。
赤玉は呼応し、波の間隔をきつく狭くしてくれる。
「円を描くように飛んでくれ」
「任せてください!」
溌剌とした、無邪気な返事だった。
安心感に包まれて、体の余計な力を抜く。高所恐怖症による強張りの消失と同時に、桃架ちゃんは山の寒空を、滑るように発進した。
肉体と魂とをアイテールが行き来する際、常に「摩擦熱」のようなものが生じる。普通ならただ虚無に消えていくだけのそれを、亜人とその眷属はエネルギーとして抽出し、利用することが可能である。
熱が波動に変わる。赤い玉から放出されて、渦を巻く。
赤い実と成る。亜火く熟れた実を地面に落とす。
植物が己の種を蒔くが如く。
パチンと弾けるが否や、赤い閃光が一帯を染めた。木々を燃やし、雪を蒸発させ、山肌を削る。
爆風が吹き荒び、土砂が舞い上がる。破壊の極みみたいな光景に、額から冷や汗が流れた。でも、これなら浜世家の刺客も倒せたのではないか。
巻き込まれるだけで、普通の人体なら跡形も残らないはず。
「お兄さん。サボってないで、どんどん撃ってください」
「え? あ、ああ……」
楽観しかけたところで、桃架ちゃんに次を促された。椎奈ちゃんの親父レベルならこの一撃で多分いけたと思うけど、彼よりも強い浜世家はそれなりにいると聞く。
油断は禁物だ。予想以上の威力にビビって攻撃をやめた結果足元を掬われたとなれば、それは笑い話じゃ済まない。登山仲間を殺してエギンにしたスナイパーが爆破の有効範囲内にいたという保証はないし、今のを防いだ者がいたとするとかなりの強敵だろう。
絨毯爆撃で敵を炙り出す、または殲滅してしまう。積極的に人殺しがしたいわけではないし、そもそも殺人を止めるために登山についてきたはずだったが、非常に合理的な手段に思えた。
「やってやるぜ、通常の三倍のスピードでよぉっ!」
「分かりました。三倍ですねっ!」
「えっ」
赤繋がりのパロディジョークがただのジョークと伝わらず、速度が一気に上がった。赤い残像を残す俺たちは、地上からはひょっとすると、彗星にも見えたかもしれない。波動エネルギーを調節し、体を風圧からすり抜けさせる。
大量の焼夷弾を落とす戦闘機よろしく、赤い実を雪山に降らせる。圧倒的な自然破壊。保護活動家に見られたら、世界の敵認定を受けてしまうに違いない。
眼下の地は、瞬く間に焦土と化した。
◇◇◇
気を失っていた。だが生きている。
浜世標は上体を起こした。暗くてよく見えないが、足場は固く、ザラザラとした感触。壁もだ。ここはどこだと、調べるべく立ち上がる。
「起きた?」
女の、知ってる声が響いた。浜世冥。序列十四位の実力者。
「メイの能力で地中に隠れてる。間に合ったのはお前だけだった。他の子は、多分もう……」
歯軋りの音が、鋭敏な標の耳に届く。
此度の班行動で標は知った。冥は意外なほどに優しい。自分のような格下を無碍に扱わないのはもちろん、監視作業の分担は公平で、空いた時間には上位者としてのアドバイスをくれる。亜人に誘われ街に現れたエギン討伐の手柄も、格下に譲ってくれる。
冥は部下の命を大事にするタイプの術士だ。彼女の怒りと悔しさは、比較してそうではない標にも痛いほど伝わってきた。
「『亜人』の力も無限じゃない。この理不尽な爆撃が収まるまで待つ」
「待ってから、撤収するのか?」
「出来るなら。でも」
冥の方からカチャカチャと音がする。明かりが点いた。
「『音過結界』は?」「爆発で吹き飛んだよ」
「だろうね。外との連絡もつかないし、難しい。他の二人が死んでいたとしても、サインは無頼の野郎に伝わってないと考えておくのが無難。……メイの所感だと、あのピンク髪の眷属は、執念深い猛獣に見えた」
「同感だ。しかも強い」
「逃げられないと思った方がいい。覚悟を決めるべき…………ん?」
戦闘準備を始めようとして、しかし冥はその手を止めた。
瞳が揺れている。
「班長、どうした?」
「いや、なんなのだろう……。メイがお前にゴーサインを出したのは、鈴木昊刃が高校生としては異常な体力を有していたから。決して、色付きの少女たちを周りに侍らせていたからではない」
「そうだが」
それがどうしたのだろう? と標は首を傾げる。無意味な問いだ。「亜人」に集中せねば。内ポケットの「種」を確かめつつ、彼は銃の手入れを始めた。
冥は俯く。他の術士、特に年上と喋ると、認識にかすかなズレを感じることがよくある。不思議で、不安で、堪らない。術式活性化成分入りのチョコレートをひと齧りして、彼女も準備を再開した。




