プロローグ
すり抜ける人たちの話を書きます。
空にポッカリ、大きく黒い穴が空いた。
一人の女が落ちてくる。錐揉みしながら。
天に群がり積み上がった死体の山にぶつかり、斜面を無様に転がっていく。裾の辺りで跳ねた。
鈍い音と共に止まる。
かつて血よりも赤かった額の宝玉は、灰色にくすみひび割れている。
死に体の女に、一匹のリスが駆け寄った。
彼は呆然と呟く。
「リュカが、負けるなンテ」
信じられないとばかりに叫ぶ。
「キミが負けるなんて、あり得ないっ、あり得ないネ!」
空を中心にして、灰色の空が軋み、悲鳴を上げる。耐えられずにひび割れていく。壊れていく。崩れていく。視界の端々、すべてが穴に吸い込まれていく。
世界の終わりだった。
リスはその光景を、幾度となく見てきた。
いったい何度戦えば止められる?
どうすればボクは、この無間地獄から抜け出すことが出来る?
リスは女に縋り付く。
「キミより強い亜人なんていないヨ」
女は、放っておけば三分経たずに死ぬ。そもそもこの世界自体、三分も保つか分からない。終わりは近い。
「キミほど赤く、魂を燃やせる亜人なんて――」
終わってくれヨ。終わりたい。リスは諦観に支配された。
しかしそれは、大昔に交わした約束の放棄だ。魂は言う。何を犠牲にしても逃げてはならない。
だから女に問う。
「ボクはどうすれば。これからどうすればいいんだヨ……」
「……ティナ…………アンドリュー……ドン……レーナ…………ミシェル」
か細い声で、女は眷属たちの名を呼んだ。
「そして私…………リュカ。なあ妖精」
死の淵、なお希望と優しさに満ちた目を妖精に向けて、女は言った。
「負けないで」
刹那。世界は滅び、闇に喰われた。
リスの妖精だけが放り出される。次の世界に引き摺り込まれる。
「まだ信じてくれるのカ?」
激流の中、バラけそうな意地と信念を必死に抱き止めて、彼は闇を睨みつけた。
「やってやるヨ。待ってロ──」