揚げメロス
メロスは揚げられた。必ず、衣をつけなければならぬ。メロスには揚げ方がわからぬ、笛を揚げ、羊を丸ごと揚げてきた。しかし、正しい油の温度がわからぬ。
メロスは油の温度を確かめるために、自らを揚げることにした。
「メロスは、人を揚げます。」
「なぜ揚げるのだ。」
「温度がわからぬ、というのですが、温度くらい箸から出る気泡で誰にでもわかります。」
「たくさんの人を揚げたのか。」
「いいえ、メロス当人だけです。」
「そうか。ならいい。」
揚げメロスは激怒した。売れなかったからだ。メロスは、熱い、と思うくらいの温度の油につかって、そのままシラクスの市で体を売っていた。揚げメロスだ。しかし、ほぼメロンなのに売れなかった。
メロスは気付いた。メロンを揚げても、うまくない。メロスは激怒した。
「呆れた王だ。生かして置けぬ。」
メロスはたちまち捕えられ、王の前に引き出された。
「その油まみれの体で何をするつもりであったか。言え!」
暴君ディオニスは静かに、けれども困惑を以て問い詰めた。
「揚げメロスを売って、暴君を打ち倒すのだ。俺は揚げメロスだ。」
「おまえがか?」王は憫笑した。「こいつは気が狂っている。」
メロスはいきり立って反駁した。「揚げ物もしたことのない王には、揚げメロスがわからぬのだ。包丁をもったことすらないのだろう。米の炊き方わかるか?」
「だまれ、下賤の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「油まみれの揚げメロスとやらよりは、わしのほうが常識的な人間だ。」
「ああ、王は利口だ。うぬぼれているがよい。私は、揚げられる覚悟で揚げメロスになったのに。ただ。――」と言いかけて、メロスは手に持った揚げ油を王の目の前にさっと流した。王は足をさっと持ち上げたが、足の裏が油にまみれてしまった。
「私に錠をかけたいつもりなら、三日間の日限をください。村で揚げ物をしたいのです。三日したら、必ずここへ戻ります」
「馬鹿な。いま、なぜ油を流したのだ。足がべとべとになったではないか。」
「私が信じられないのならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。あの友人を人質として、ここに置いていきます」
メロスは王の頭におびただしい量の油を流した。
「たのむ。」
「それが人に物を頼む態度か。」
兵士に連れられ、セリヌンティウスは、王城に召された。油まみれの暴君ディオニスの面前で、セリヌンティウスは無言でうなずき、油まみれのメロスをちらと伺い、また困惑した。
「何があったのだ。」
「そこのメロスという者が、わしに油をかけたのだ。」「揚げメロスだ。」「どうでもよい。とにかく、そこの油まみれの男が、おまえを人質にしたいというのだ。」
「何の人質ですか。」
「わしに油をかけた罪の身代わりだ。三日自由を与える。その者が戻ればそのまま殺し、戻らなければ、人質のお前を代わりに殺す。」
「どうだ、やってくれるか。」
メロスの信頼を含んだ瞳に、セリヌンティウスは無言で首を振った。
「嫌だ。意味のわからないことに、命をかけたくはない。」
セリヌンティウスは縄うたれた。メロスはすぐに出発した。セリヌンティウスの罵倒を、これ以上聞きたくなかったのである。
メロスはその夜、一睡もせず十里の道を走り抜けた。途中、油で滑って何度も転んだが、翌日の午前には村に到着した。村人たちと、メロスの十六の妹は、メロスをみて駆け寄り、ひしと抱き合った。
「おお、メロス。揚げ油を買ってきたのだな。」
「うん。でも、すぐに戻らなければならない。そうだ、明日、みなで王城に向かおう。王が、油まみれで待っているのだ。」
村人たちは大いに歓喜し、油祝いをした。油祝いとは、油で祝うのだ。翌朝になり、村人たちは、各々が熱いと思う油で自らを揚げた。およそ40℃ほどだ。妹は顔を赤らめた。そのまま、みなで王都に出発した。
道中の山賊は、油まみれの集団がぞろぞろと歩いてくるのに、恐れをなして隠れたままだった。王からは一人の気が違った人間だと聞いていたが、とんだカルト集団だ。
油で誰かがつるつると滑り、けがをし、休み、また滑り、休んでいるうちに、刻限が迫ってきた。
刑場に到着した。セリヌンティウスは処刑されるところだったが、間に合った。
「なぜ増えている。」
王は困惑した。王が体を洗ってすっかり綺麗になっているのをみた村人たちは残念がって、思い思いに王の頭に油をかけた。
「わっぷ。わっぷ。何をする。」
妹も、頬を赤らめながら、セリヌンティウスに油をかけた。
「やめろ。」
逃げようともだえると、セリヌンティウスの縄が解けた。ぬるぬるした油で滑りがよくなり、手が抜けたのだ。
群衆は感動し、油を被った。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。王とセリヌンティウスは困惑した。セリヌンティウスはメロスを殴りつけた。
「メロス。私を殴れ。私はこの三日間、あれは夢ではなかったかと己を疑っていたが、より強い悪夢となって戻ってきた。殴られれば、目が覚めるかもしれない。」
「無駄だ、セリヌンティウス。これが現実だ。みんな、揚げ物が好きなのだ。油を被るほどに。」
暴君ディオニスは、二人の様をまじまじと見つめていたが、絶望したように、こう言った。
「もう、いい。わかった。いや、わからないが、とにかく許す。もう、いろんなことが、どうでもいい。」
群衆の間に、歓声が起こった。
「万歳、王様万歳。」
一人の少女が、油をメロスにかけた。最高品質のオリーブオイルだ。セリヌンティウスは、気をきかせて教えてやった。
「メロス、オリーブオイルは、揚げ物に向いていない。サラダ向きだ。この可愛い娘さんは、メロスも、メロンも、生が一番だと教えたいのさ。」
セリヌンティウスも油が好きだった。ただ、揚げ物よりも、サラダに掛けるほうが好きだったのだ。
王様は、深く椅子に腰かけて、絶望した顔をしていた。
少女は、メロスの頭に、綺麗なレタスを一枚載せて、その上からオリーブオイルをかけた。
「よい油は、人よりも、野菜にかけるのが一番です。」
勇者は、ひどく赤面した。