話弾ませる少女と怪物
彼女は桃色の布団の上に座っていた。
彼女は誰かに人間か問われた。
「人間ってなんなんだろうね? 人の腹から生まれれば人間? 遺伝子構造が人間なら人間? それとも自分が人間だと思ったら人間? なんかどれもしっくりこないんだよね」
彼女は寂しそうに言った。
人が人であるかは人が法で決めるものだと誰かが言った。
「まあ、法律じゃ私は人間だけど。私がしっくりこないのよ」
誰かは黙って頷いた。
「私は智、八縁 智。あなたは?」
誰かは智の名前を褒めると自分には名前がないのだと言った。
「なんでか知らないけどあなたの隣って二番目に落ち着く」
誰かは笑って頷いた。
「一番は私のだーいすきなお兄ちゃん、謙」
智の目は輝いていた。
「子供っぽいのは分かってる。高二にもなってお兄ちゃんっ子ってのもね。
だけどさ、それが私なんだよ」
誰かは智をそっと抱きしめた。
「ありがとう。落ち着く」
誰かは落ち着いたら人間とは何で決まるか聞きたいと言った。
「そうね、嬉しければ喜んで、納得がいかなければ怒って、どうにも出来なくて泣いて、楽しければ楽しくて、憎んで恨んで愛して恋して好きになって嫌いになって間違って正しくて、気持ちと道理のバランスが複雑怪奇な生き物、それが人間なのかなって」
そっか、なら私が人間になってしまうと誰かは笑った。
「人間じゃないと思っていたの?」
お互い様だと誰かは言った。
「まあ、確かに。あなたこそ何で医学的に自分が人間じゃないなんて思ったの?」
誰かは医者の見える世界にいないのさと答えた。
「へえ、じゃああなたは、私たちはどこにいるの?」
誰かは夢、眠っている間、まぶたと目の隙間にしか存在しないと答えた。
「そっか、まあどっちでもいいよ。人間でも神様でも妖怪でも幽霊でも」
誰かは困惑した。
「そう謙は思わせてくれたの。謙と私の関係は双子。異性の双子。生まれたときから互いを知ってるだけの関係。生まれたときから私は他人の気持ちが理解できなかった。理解する前に逃げたから引っ込み思案な子供だと周りから思われるぐらいですんだ。でも致命的にズレていてそれが苦痛だった。辛くて痛かった。私は人間じゃないんだって思った」
智はそう言いながら泣き叫んだ。
「でもね、謙もちょっとズレていた。謙は怒りっぽい子だった。そしてまだ覚えている。
あれは五歳の頃のこと。公園に行ったら年上の小学生がブランコを使っていた。謙はどうしてもブランコが乗りたかったみたいで、それで年上に文句言って殴りかかろうとしたのよ。
本当にクズよ、謙は。でもさ、あの時ハッキリ分かったのよ。人間はクズな部分と立派な部分があって、それは私も一緒だって。無理に良い子でいる意味はないし無理に悪い子でいる必要もない。外から見てちょっと変わっててどうでもいいと思われるくらいがちょうど良いんだって」
誰かは苦笑した。
「酷い? そうですよ私は悪い女ですよ。その後どうしたかって? わかんないけど私の目を見たら謙が止まって謙がやられちゃった」
誰かは嬉しそうに笑った。
「悩みを聞きたい? 乙女の悩みは恋と相場が決まっているでしょ。そしてそれは秘めておくものだって。
あなたは人間じゃないからセーフだと? ここはまぶたと目玉の隙間だからセーフだと? 興味本位で聞きたいと?」
誰かは大きく頷いた。
「よろしい。まず私の悩みはしゃべっているうちにテンションでしゃべり方が変化しすぎること、誰だって大なり小なりあるだろうけど私は特にそういうのが強いのよ」
誰かは抗議した。
「えっ、恋の悩みじゃないだろって? 恋の悩みもありますあります。
私ってお兄ちゃん子じゃないですか。大好きすぎて一回、謙抜きで家族会議になったことがあります」
誰かは苦笑した。
「簡単に言うと親から私が謙といちゃいちゃしたいのか? 結婚したいのか? そう聞かれました。私はですね、それは勇芽ちゃんに悪いからって言ったんですよ。
あっ、勇芽ちゃんは隣に住んでいる同い年の幼なじみです。とっても大事な親友なんですけど謙に恋しているんです。謙にも妹なんかじゃなくて周りから普通に見える相手と恋仲になってほしい。まあ、勇芽に負けたみたいでちょっと嫌なんですけどちょうど良い妥協点だと思ってます」
誰かは両親の反応を知りたがった。
「ああ、呆れたような喜んだような嫌そうな顔してました。まあ一昨日、初めて謙と喧嘩したらちょっと喜んでましたね。」
誰かは羨望の意を示した。
「それで、勇芽と謙がなかなかくっつかないのがもどかしくて勇芽にささやいたんですよ。お兄ちゃんは私が取っちゃうかもって、それで焚きつけた時に泣かせちゃって謙に怒られてるんですけれど、それで良かったんです。お祭りデート楽しんでたみたいだし。お祭りから離れた公園で一人だらだらしてたら二人が来たときは焦ったけど」
誰かは運命だと笑いました。
「それで勇芽がユメっていうのに乗っ取られた? んですけれどどうなったんですかね?」
誰かはピンク仮面に聞くといいと言った。
「意地悪」
智はそう呟くと不意に眠くなった。
誰かは智にまた会おうと言った。
智は目覚めると自分の部屋にいた。
謙がピンク仮面と一緒に智の部屋に入ってきた。
「ねえ、謙。一昨日、勇芽を傷つけるようなこと言って悪かった。謝りたい、力を貸して」
智は開口一番、そう言った。
「ありがとう、同じ事を頼みたかった」
謙は笑ってそう言うと謙と智は強く握手した。
「そう言ってもらえて嬉しい」
ピンク仮面はそう言ってストラップぐらいのサイズから人間大に戻った。
「まずは私の素顔を知ってほしい」
ピンク仮面はそう言って仮面を外した仮面の下には目も鼻も口もなく妖怪ののっぺらぼうのようだった。
それを見て謙と智は不思議と納得した。
「霊泡界にはありとあらゆる動物の精霊が存在していた。猿、亀、兎、蛇、猫、蝙蝠、そして人間。私は人間の精霊、人間を護ることを使命とする存在だ」
ピンク仮面はそう言って再び仮面を付けた。
「リモコの使徒の目的は精霊の力を使って都合の良い世界を再構築することだった。その為に精霊たちを生け贄にした。そんなリモコの使徒に対抗するために精霊と人間が手を組んだのがチヨコレイトの始まりだった」
ピンク仮面は悲しそうに言った。
「そしてチヨコレイトとリモコの使徒によるかつての戦いの戦士たちの魂が九つこの此糸で復活して霊泡界が見えるようになったのだ」
「えっと、今、空の地球が見えるって言ってたのは私と謙と勇芽と居間田と……」
「こっちのクラスの大月って女の子とそのいとこの子供と同じ中学だった曙も見えるって言ってた」
「七人も分かってるんだ。前世? でも私たち一緒だっただろうね」
智は満足げに笑った。
「ユメは元リモコの使徒の一員で世界を醒めない悪夢に変えようとしている。私からも頼む。ユメを止めてくれ」
「「当然!」」
謙と智は声を合わせて答えた。
そして霊泡界では、ユメがなにもない部屋でアルバムを取り出した。
ユメは叫びながらある写真を破ろうとした。
「いちゃいちゃしやがって。なんでこんな良い笑顔してんだよ。このコスプレ、キモいんだよ。いっつも辛気くさい顔してるくせにへらへらしちゃって」
苦しそうに泣きながら写真をはなした。その写真は傷一つついていなかった。
その写真にはゴスロリ衣装の智が二人も写っていた。
ユメはなにもない部屋から出て自転車で写真の場所へと向かった。霊泡界はたった一つ、人がユメしかいないことをのぞいて此糸市とほぼほぼ変わらない。空に浮かぶ地球も風もだ。
そしてユメは霊泡界で最も大きなショッピングモールにたどり着き人がいないことを良いことに店内を自転車で走った。
ショッピングモールの内部で黄金の炎が燃え上がっている場所があった。エスカレーター前だ。
ユメが黄金の炎に触れると炎は赤いマントの骸骨へと姿を変えた。
「いやっ、やっぱり怖い。人骨ってなんでこんなに不気味なの? 私も持ってるのに」
「失礼だな」
赤いマントの骸骨がしゃべった。
「しゃべったぁ! 知ってたけど、知ってても怖い」
「本当に失礼だな。小娘。お前の方が偉いと思ってるんじゃないんだろうな」
「あの、その」
「図星か?」
「はい」
「正直者か。つまるところリモコの使徒が勝ったのか」
「まだ負けてないもん!」
「なにがあった?」
赤いマントの骸骨にユメは全てを語った。
「なるほど。それで強くなりたいのか、だがアキヤラボパに変身してもチヨコレイトには及ぶまい」
「だから、あなたを呼んだのよ。今回の作戦はこうよ」
「くははははは、面白いなユメ。それまでちょっとした修行をつけてやろう」
「押忍、お願いします」
ユメは赤マントの骸骨に頭を下げた。