デート前の譲と勇芽
朝倉ぷらすさんの『上り坂』の一部を使わせてもらいました。
朝倉ぷらすさん、ありがとうございます。
家に帰ると譲はわかりやすく智を避けた。
智も譲の怒りを知ってか普段よりかなり距離を置いてくれた。
譲は自室にこもり、嫌な想像をした。このまま、仲直りできないまま不慮の事故で自分が死ぬ想像だ。
何かに突き動かされるようにノートの切れ端に遺書を書き始めた。
夢の中で会った誰かが言っていたことの影響も大きい。
どう纏めたものか考えていると母からご飯ができたと呼ぶ声が聞こえた。
智とは一切口を利かなかった。そんな様子の譲と智を見て二人の両親は上機嫌だった。
智にどう接して良いか分からないまま布団に入った。
気がついたら朝だった。よく眠れた。
譲は寝ぼけ眼で美術部の新入生歓迎のポスターを描き始めた。
勇芽も同じ頃に目覚めた。あいかわらず空に地球が浮いていた。
勇芽はこれまで譲と恋仲になるのを避けてきた理由を思い返していた。
家が隣で同い年というだけで八縁兄妹と仲良くなった。
最初に二人を見たときに感じたのは『二人とも仲良くて羨ましい』だったかな。
譲も智も良い子で割と簡単に仲良くなれたんだけど一つだけ嫌なことがあった。
それは八縁兄妹は互いに互いを一番大事な人にしていて入り込む隙間がないことだ。
私は二人にとって永遠に二番目以降。それがたまらなく嫌でそれを乗り越える方法はたった一つしか思いつかなかった。
それは八縁譲と恋仲になること。それだけで一番になれるか疑問ではあるけれど、それぐらいしなきゃ絶対に一番になれない。
でも、そんな思いは不純だと恋心じゃないと譲を不幸にするとこれまでずっと秘めてきた。
だけど、昨日の智の態度、あれは私への宣戦布告だ。このままじゃ譲が取られることを危惧してか、このまま私と譲の仲が進展しないのを危惧してか分からない。
一つだけハッキリしていることがある。智がムカつくってこと。
「なんでもいいから譲といい感じになってやる」
勇芽はフワフワとしたことを言いながらスマホをつけた。
空の地球のことはネットでも話題になっていない。
あの空の地球のことが話題になってはいないかとテレビを付ける。
テレビから歌声が流れ込んでくる。どうやら来週CDが発売する曲の宣伝らしい。
「♪~いないのに 声をかけちゃうこの部屋で」
どうやらこの曲は恋愛の曲らしい。恋に奥手な自分の背中を押してほしいと歌詞の続きを待った。
「♪~好きなんだ 本当に好きなんだって 迷惑でしょう?」
勇芽は嫌な予感を感じた。
「♪~今さらしおらしく 帰ってきてよ なんて待っている」
やはりこれは…… 答え合わせを待ちながら勇芽はリモコンに手をかけた。
「♪~来年行こうって決めた予定 どう片づけたら」
不自然に歌声が遮られた。勇芽がテレビを消したのだ。
「恋する乙女に失恋ソングなんて聞かせるな!」
勇芽はイライラした口調で誰に向けたのか分からない文句を放った。
「でも、どうでもよくなってきた。空の地球もこの不安も智への怒りも」
そう言って勇芽はある事について考え始めた。
今日の夜から始まる祭りでデートに誘ってはいるが、この気分のままデートには行きたくない。気持ちをリセットするために二度寝したい。二度寝しよう。時間の約束とかしてないけれど祭りが始まるまで8時間以上ある。
そうして勇芽はベットの上で目をつぶった。
勇芽は夢の中で紫のドレスを着ていた。
勇芽は夢の中で十体近くの怪物を操り何かと戦っていた。そのなにかは三人組でテレビや漫画の中の正義の味方みたいな格好をしていた。
「チヨコレイト、あなたたちは私が倒す」
勇芽は興奮しながら叫んだ。
「分かっているか? リモコの使徒がやっていることがどれほど理不尽か」
チヨコレイトの内の一人が勇芽に言った。
「知ってるよ。でもさ、みんなだってそうでしょ。理不尽に得して理不尽に損して、世界はそうして回ってる」
勇芽が夢の中で言った言葉は自分の頭の中から出たとは思えないほど絶望に満ちていた。
「話を大きくして後ろめたさから目を背けないでよ」
チヨコレイトの内の一人が勇芽に言った。
「じゃあ、あなた達なら耐えられるの? 悪意の混ざった強い愛に、同調しないでいられるの?」
勇芽の体の奥底から怒りが湧いた。何故か怒りを向けた先は勇芽が見たこともないピンク色の仮面を着けた人物だった。
「辛いんでしょ。なんで辛いことをするの?」
チヨコレイトの内の一人が勇芽に言った。
「私は器用じゃないんだよ。愛も痛みも絶望も拒絶できないぐらいにね」
勇芽は叫んだ。顔の下に涙が溜まる。
勇芽の操る怪物たちは次々に倒れていった。
黒い槍使いが勇芽を必死に護っていた。
勇芽は黒い槍使いに譲を重ねていた。
「チヨコレイト、あんたらは正しいよ。ただ、人が生きていくのに必要な成分がいくつか欠けてる。過ち、孤独、絶望、敗北、恐怖。それらを理解できないあんたらに負けるわけにはいかない」
黒い槍使いがチヨコレイトに必殺技を放つ。
チヨコレイトは黒い霧に包まれ、その中で熾烈な攻撃を受けているはずだ。しかし、勇芽はこの攻撃でチヨコレイトが敗れる姿を想像できなかった。
「黒騎士、あんたは間違ってる」
チヨコレイト三人は立っていた。与えたダメージは少なくなさそうだが勇芽の勝利は遠い。
「だから、初めからそう言ってるだろうが」
黒騎士と勇芽は息を合わせて叫んだ。
「まるで私たちが間違えたことも一人になったことも諦めたことも負けたことも怖がったこともないみたいに言わないでよ。私たちは必死に悩んで全力で生きて、懸命に戦ってる」
そう言ったチヨコレイトの瞳は輝いていた。その瞳を勇芽は太陽のようだと思った。手が届かないほどの気高さを感じたからだ。
チヨコレイトは勇芽と黒騎士に必殺技を放った。
勇芽と黒騎士は力つき倒れた。
勇芽は泣いた。泣き続けた。頼まれたことは果たした。十二分にチヨコレイトを苦しめ足止めした。勇芽たちは最初から捨て駒だった。それを承知で戦っていた。
勇芽の胸は虚無感に包まれていた。
勇芽は現実へと戻っていく。
勇芽は夢のせいで興奮し汗だくだった。
どうやら一時間ほど寝ていたらしい。
勇芽は汗を落とすため浴室へ向かい服を脱いだ。
勇芽はシャワーから出る水を撫でて温水になるのを待った。その間、一瞬だけ出てきたピンク色の仮面の変な奴について考えた。そいつに対して夢の中で強く怒っていたので夢の中の智だとアタリをつけた。
そう考えると勇芽は笑ってしまった。
「あのダサい仮面が智か、なんか悩むのも馬鹿らしくなってきたな」
十分な温度になったので髪の毛からシャワーを浴びた。その間、勇芽は夢の中で見た黒い槍使いを譲に当てはめた。
「どおりで格好いいわけだ」
チヨコレイトはなんなのか分からなかったが、いわゆる正義の味方って奴だろう、つまり良心とか常識のことだと強引に当てはめる。
そして問答の意味を考える。
「みんな間違えるしみんな悩んでるしみんな頑張ってるからなんとかなるでしょって同調圧力的励ましかな」と勇芽はひとりごちた。
勇芽は全身をスポンジで撫でた。ほっぺたから首を通り胸へ、胸から脇を通り背中から尻へ。
「さてと、デートの服と回る道を考えて全力で譲に告っちゃいましょう。智のことなんか気にしてやらないんだからね」
智は元気に宣言するとタオルを手に取った。