『ひとりぼっち』
三人家族のうち二人がいなくなってしまった我が家は、とにかくものすごく静かになった。
そんなに大きな家じゃないのに、築二十三年の3LDKはがらんとしていて、何をしても音が大きく響くし、部屋の中の空気はどこかひんやりとしていて、そこに体温が足りなくなっているのは明らかだった。
親しく付き合いのある親戚もいなかったわたしを、まわりの友人知人は何かにつけて気にかけてくれた。
特に彬くんは誰よりも心配してくれて、週の半分以上も泊まりに来てくれていたけれど、それでも、一人きりの時間に孤独は忍び寄ってきた。
お父さんも、お母さんも、だあれもいない…………
ひとりぼっちの家族になってしまったわたしは、家には、いたくなかった。
彬くんが泊まりに来ない夜なんかは、それが格別に酷くなった。
だって、この家の中には、父と母、二人との思い出が染み込んでいるのだから。
フローリングの傷、壁のクロスの汚れ、キッチンの換気扇の油汚れまでもが、両親を思い出させた。
そしてそのたびに、両親の不在を思い知らされる。
ああ、お父さんもお母さんも、もう、ここにはいないんだな………
まだ泣き叫ぶことができたなら、感情の整理もできるのかもしれない。
けれどわたしは、ただただ両親がいないということを身に刻んでは、孤独感を心に溜め込んでいくだけで、それを吐き出すことはできなかった。
父方も母方も祖父母はとっくの昔に他界してるし、親戚との関係も希薄。
天涯孤独の一歩手前辺りに立たされてしまった………そんな途方もない寂寥感や、拭いきれない喪失感、そしてこれからどうやって生きていけばいいのかという巨大な不安が、束になってわたしの心を、思考を、手足を縛りあげていく。
どうして、こんなことになったのだろう。
わたし、何か悪いことしたのかな。
わたしよりももっと酷いことしてきた人は大勢いるのに、どうして?
どうしてわたしは、お父さんもお母さんも、家族を奪われなきゃいけないの?
こんなのおかしい。
どうしてわたし一人がこの家に残ってるの?
お父さんもお母さんもいないのに、どうして?どうしてわたしだけが………
ぐるぐると、一向に出口が現れない真っ黒な渦に飲み込まれたわたしは、無理やり表情を繕わなくていい一人の時間を、どうやって過ごしていたのかさえ定かではない。
だからなのだろう。
彬くんもおらず、家で一人、ただ流れる時間を見送っていたある夜、わたしは、いつの間にか外にふらふらと歩き出ていたのだった。
何かの拍子にハッと気が付いたときは、家からかなり離れてるはずの繁華街を歩いていた。
わたしの意識を戻させたのは、車のクラクションだった。
大通り沿いの歩道を車道スレスレでおぼつかなく歩いていたわたしへの、注意喚起だったのかもしれない。
だがそのとき、わたしは、それまでに考えつかなかったことが頭を過ってしまったのだ。
このまま車道に出たら、
お父さんやお母さんのところへ行けるんじゃないか――――――
そんな考えは間違ってる。
正常な思考ならばそう引き止められるだろう。
でも今のわたしには、何が正常で何が正常じゃないのかさえも無感覚なのだ。
ただただ、二人に会いたい。
一人にしないで。
そうやって縋ってしまうのを、咎めることはできなかった。
やがて、それでもぼんやりと、わたしは、無数の車が行き交う夜の大通りに、その身を投じたのだった。