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やっと会えた





「私のフルネームですか?」



苗字を尋ねた彬文さんに、文世さんは勿体ぶるように問い返した。

この距離で聞き間違えるはずなんかあるわけないのに。

けれど私は、所長の意図がそこはかとなく読めてしまったのだ。


おそらく、私への合図のようなものだったのだろう。


そして数秒後、心を決めたような潔い口調で所長は答えたのだった。



「これはこれは、きちんと名乗りもせずに、失礼いたしました。私の名前は、岸里(キシザト) 文世(アヤセ)と申します」



「―――え?!」


真っ先に声をあげたのは前崎さんだった。



「岸里?今岸里って言ったの?岸里って、まさか……」


目をまんまるとさせて、私に訴えてくる。

彬文さんの方は私の名前を承知してるかどうか定かではないが、前崎さんの様子が明らかにおかしいので、つられるようにして私を見てくる。


私は、お二人の視線を浴びて、少し怯んでしまった。

いや、お二人に怯んだというよりも、今、自分の中ではちきれんばかりになっている感情の取り扱い方が分からず、それを恐れてしまったのだ。


下唇を噛んで濡らし、気持ちが飛び出さぬように堪えていたが、そこはプルプルと震えてしまう。

でも、そうでもしていないと、徐々に徐々に湧き上がっていたお二人への私の想いが、すべてのものを押しのけてしまいそうだったのだから。


命にかかわる病気で入院中の彬文さんと前崎さん、

前崎さんの担当看護師としての自分自身、

消灯を過ぎた病室、

生き別れになっていた我が子との再会を噛み締める前崎さんご夫婦、

そして、やっと息子として名乗り出ることができた………


それらのことすべてを押しのけてまで、私が感情を爆発させていいわけないと思っていた。

けれど、それも、そろそろ限界を迎えようとしているのかもしれない。




「ええ。そちらの岸里看護師は、私の娘です」



父がそう告げるのと、私の両目から大粒の涙が勢いよく落ちはじめたのは、もしかしたら同じタイミングだったのかもしれない。

それが判断できないほどに、私は、溢れ出る自分の感情に覆い尽くされてしまったのだった。




「それじゃ、岸里さんは、わたし達の、」


「孫…なんだな?」



前崎さんも彬文さんも、かなりびっくりした顔をされていて、ああ、そんなに驚かれると心臓や脈に良くない影響が出るかもしれないのに……そんな危惧が頭には生まれるけれど、それを言葉に出すことは難しかった。


「―――っ、……っ……!」



いい歳した大人が、しかも、命の期限を目前にした患者さんの前で、その担当看護師である私が、こんなにもしゃくりあげて泣きじゃくるなんて、あってはならないことなのに。



わかってはいるけれど、それまではどうにか堪えてみせたけれど、もう、自分自身ではその手綱を握っていられなかったのだ。



自分には、ずっと、祖父母はいないと教えられていた。

父方母方ともに、私が生まれる前に他界したと言われていたのだ。

両親とも一人っ子で、だから私には従兄弟という存在がおらず、せめてお祖父ちゃんかお祖母ちゃんが一人でもいてくれたら、きっと、いろんな話を聞かせてもらえただろうに。

父や母のこと、もっとたくさん知られただろうに……

そう思いながら、向き合った長い夜もあった。


あの頃の幼い私が、それこそ時間を越えて、今、祖父母との対面を果たせたのである。










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