幸せな映画
自分の父親がはじめて時間移動した日付は、研究所の記録に記載されていた。
両親の子供時代を見学したあとは、その時間世界に移動し、突如身に起こった現象に戸惑うであろう父親の手助けをしようと思った。
途中、渡しておいた電話番号に父親から着信があり、何度か会話を重ねていくと、研究所の記録には残されていない状況もなんとなく理解することができた。
父親が母親のことをどれだけ大切に想っていたか、時間移動が認知されていない世界でどれほど困惑していたのか、そんな父親の内面を知ることができた。
研究所の記録によると、父親が次に時間移動したのは、母親の両親が事故で他界して間もなくのことだったので、今度はその日に移動して、父親の帰りを待つことにした。
車道に飛び出た母親を助けて元の時間世界に戻ってきた父親に、少しずつ事実を打ち明けていった。
それは、やがて訪れる別れに備えてのことだった。
そのあとは、あの夜に向かった。
そして赤ん坊の自分自身を預かったあと、決められていた時間世界のある夫婦のもとに送り届けた。
それから自分の本来の時間世界に戻ると、今度は前崎さんご夫婦との約束を果たすために動いた。
いくら時間移動のスキルが高く研究所での立場が上位だったとしても、時間を行き来する以上、自分の好き勝手に振る舞うことは許されていないからだ。
然るべき部署で必要な手続きを経て、許可を受け、時間移動した先は、彬文さんが入院中の世界だった。
そして、今に至る――――
ちなみに趣味は映画鑑賞、特技は時間移動。
好きな食べ物は麺類、苦手な食べ物は辛いもの全般。
最後にそう付け加えたとき、前崎さんと彬文さんは「彬くんと同じね」「千代と同じだ」と同時に言った。
どうやら、映画と麺類好きは彬文さん、辛いものが苦手なのは前崎さんに似たようだ。
するとそれを知った文世さんは嬉しそうに「そうなんですか」と目尻に年齢相応のシワを走らせた。
「実は、映画好きになったのは、物心ついたときから持っていたシャーペンがきっかけなんです。小学生の頃に、そのシャーペンにプリントされているタイトルが古い映画だというのを知って、観てみました。残念ながら、子供にはまだその映画の面白さは分からなかったのですが、そのシャーペンは会ったことのない父が愛用していたものだと教えられましたので、何度も何度も繰り返して観たんです。そうしたら、何度目かのときに、急にそれまでとは違った感想を持ったんです。確か中一になってました。それからは、映画の魅力にどっぷりと……」
「まあ、それじゃ、一緒にいられなくても、わたし達はちゃんとつながっていたのね」
「そうだな。千代がくれたシャーペンが、文世と俺達を結んでくれてたんだ」
親子の団欒は、それこそ映画によくある仲良し家族のシーンと何ら変わりはなかった。
時おり彬文さんが咳き込むことはあっても、お二人とも表情は明るくて、弾んでいた。
時刻はとっくに消灯時間を越えていたが、今晩はこの部屋から明かりが消えることはなさそうだ。
私は彬文さんの咳と前崎さんの様子を気にかけつつ、余計な口は挟まずに、その幸せな映画を眺めているような感覚でいた。
三人の語らいが一段落してきた頃、文世さんが「さて、他にご質問はありませんか?」と尋ねた。
「もちろん、まだ訊きたいことはたくさんあるわ。もし息子と再会できたら、お父さんに似てロマンチストなのか訊きたかったし、生まれた時は左手をよく動かしてたから、左利きになってるのかも確かめたいと思ってたのよ?」
「あの夜も、そのようなことを仰ってましたね」
文世さんは思い返すようにしみじみと返した。
「そうね。文世さんはロマンチストだって、彬くんはあの時にそう言ってたわね。まさか自分達の息子だと知らずに……」
「昔は、俺のロマンチストは叔父に似たんだって言ってたっけ。でも実際は真逆だったわけだ」
「そうですね。ああ、利き手のご質問ですが、私は両利きです。はじめは左利きだったようですが、養父母が右も使えるように訓練してくれたそうです」
「まあ、それは感謝しなくてはね」
「ええ。まだまだ右利き優勢の世界ですからね。……他にはありませんか?」
再び問いかけた文世さんに、今度は彬文さんが「そういえば……」と、ふと疑問が浮かび上がったように、何とはなしに投げかけたのだった。
「てっきり ”アヤセ” というのが苗字だと思ってたんだが、それが下の名前だったということは、お前の苗字は何なんだ?」




