生い立ち
種を明かされてみると、なんとも単純な話だった。
いや、だけど本当にそんなことってあるのだろうか?と、単純過ぎて疑いたくもなるくらいに。
確かに人の名前の字を間違えることはよくあるかもしれない。
だが、前崎さんご夫妻が我々の未来に関する重要な人物であることは、私でさえよく承知している事実なのだ。
そんな人物の氏名を誤ることなんて、あり得るのだろうか?
「本当に?本当にそれで ”文世” になったの?」
「そんなケアレスミスが起こるものなのか?」
私だけでなく、前崎さんも彬文さんも揃って不可解だと告げた。
だがアヤセさんはクスクスと笑い出してしまうのだ。
「実際に起こってしまったようですね。しかも、そのケアレスミスを犯したのは私の養父母ではなく、然るべき部署のデータがそうなっていたんです。そのミスが明らかになったのは、私が彼らに自分自身を預けてからずっと後になってからでした」
「まあ……」
「根本が間違えてたんじゃ、その人達が間違えて名付けても仕方ないな」
「ええ。私もその事実を知ったときは、そう思いました。いくら医療や技術が発達し、便利なことが多くなっても、結局ケアレスミスはゼロにはならないのか…と」
アヤセさんはちょっとした失敗のエピソードを語るかのように軽く話して、前崎さんご夫婦はそれに楽しそうに耳を傾けられていた。
だから私は、にわかには信じられない今の話も、まあそんなこともあるのかなと、受け流すことにした。
お三人の会話に私が入ってお邪魔しない方がいい…そう感じてしまうほど、和やかな親子の風景だったのだから。
「ねえ、そのあとのことを、聞かせて?」
「そうだ、もっと文世のことを教えてくれないか」
お二人は、とにかく息子のことを知りたいと気持ちを前のめりに質問された。
自分に興味を示してもらえたことが嬉しいのか照れ臭いのか、上司はどこかくすぐったそうに目を伏せたけれど、すぐにお二人に向き直り、「もちろんです」と頷いた。
「まず、生まれた時間世界では治らないとされていた病気は、時間移動した先の世界で手術も成功し、完治しました。と言っても、成長を経て何らかの影響が出てくる可能性も否定できませんでしたので、二十代前半までは定期的な通院と検査を行いました。ただ、私は幼い頃…少なくとも5歳の頃には、自分の事情を理解できる範囲で知らされており、研究に協力を依頼されることも多々ありましたから、通院も研究所に通うのも似たようなもので、さほど大変だと感じたことはありませんでした。さきほどもお話ししましたように養父は時間移動についての研究所に勤務していましたから、自然と、私の周りにいる大人達もそういった仕事に関係する人間が多くなり、自分がいかに彼らの研究、そして未来の人類や世界のために重要なカギを握っているのかを聞かされて育ちました。正直なところ、子供の頃は、明確に理解していたわけではありませんでした。自分を育ててくれてる人達が本当の親ではないということは分かっていましたが、自分という存在が、他の人や未来の世界にどう影響するのかまったく見当つかなかったからです」
「無理もないわ。まだ子供だったんですもの」
前崎さんは息子を労わるように相槌を口にされた。
実際に子育てはされていないけれど、もし前崎さんが育てていたら、きっと素敵なお母さまになっていたのだろうなと、そんな想像がたやすくできてしまうことに、私は嬉しくなった。




