親子として
「あの夜……、頭では理解して納得していてもどうしても気持ちが伴っていなかった俺は、”アヤセさん” が部屋を出たあと、千代の制止を振り切って、新生児室に駆け出していたんです。そこで、ちょうど中から息子を抱いて出てきた ”アヤセさん” と鉢合わせになった。でももう時間はない。焦った俺は、たまたま上着のポケットに入っていたシャーペンを、息子をくるんでいるブランケットの隙間に差し込んだ。お父さんとお母さんは、いつでもずっとお前を想っているんだよと伝えたい一心だった」
「そしてそのお気持ちをしっかり受け取った私は、お預かりした息子さんを然るべき時間世界の然るべき親代わりの人物に託す際、そのシャーペンも一緒にお渡しした。彼らも前崎さんご夫妻の想いを違えることなく引き継ぎ、息子さんを大切に養育してくださいました」
彬文さんの説明をリレーするように、所長…アヤセさんが付け加えた。
けれど私は、それを聞いてさらにさらに混乱している。
私の上司でもある所長が、前崎さんの思い出話に登場した ”アヤセさん” という男の人と同一人物であったこと、そしてその ”アヤセさん” こそが、前崎さんご夫婦の息子さんだった………そこまでは理解できた。
ということは、前崎さんご夫婦から息子さんをお預かりしたのは、大人になったその息子さん自身で、息子さん自身が、赤ん坊だった自分自身の命を救うために、代父母として選ばれた夫婦に生まれて間もない自分自身を託した………そうしないと、自分自身が死んでしまうことになるから。
そして、赤ん坊の時に持たされていたこのシャーペンを、何十年も持ち続けて、こうしてまた、過去に戻って来ている。
………頭がごちゃごちゃになってしまいそうだ。
本来なら、息子さんのように過去から未来への移住はタブーとされている。
だが息子さんは様々な理由から特例扱いとなった。
でもだからといって、わざわざ本人にその移住を実行させるだろうか?
時間移動についての知識が浅い私には、それがベストな人選だったのかどうか想像もできない。
けれど、混乱を深めている私をよそに、前崎さんは再会を果たせた最愛の息子に、
「そうだったのね……」と、全幅の信頼を込めて納得の態度を見せていた。
「だから、このシャーペンはこんなにも古くなっているのね。あなたが、赤ちゃんの時から持っているから……。あなたが、わたし達のたった一人の、大切な息子だったのね………」
「はい……。ずっと言えずにいて、申し訳ありませんでした」
互いに手を取り合い、親子としてはじめて触れ合う二人は、どこからどう見ても幸せそうだった。
さっき彬文さんと再会した時に大粒の涙をこぼされた前崎さんだったけれど、息子さんとの再会には、涙はなかった。
むしろ息子であるアヤセさんの方が、今にも泣きそうなほどに感極まってる様子だ。
そしてその姿を目の当たりにしている私も、もう、感情があふれかえってしまいそうで……
「そんなこと、いいのよ。あなたがこうして元気で、健康でいてくれるのなら、もうそれだけで嬉しいの。あなたの幸せだけを、わたし達は望んでいたのだから」
その一言は、私の涙腺を、これでもかと刺激してきたのだった。




