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『デート中の知らせ』





(あき)くんとの関係も良好、大学生活も順調、わたしの日常に憂鬱な差し色が入り込む隙間なんて微塵もなかった

………はずだった。


けれど、永遠に波風立たない人生なんて、あり得なかったのだろう。

それは、なんてことはない、麗らかな春の日曜の午後、なんの前触れもなしに、足音すら立てずに近寄ってきて、急に激しくわたしの人生の扉をノックしてきたのだ。




『―――――はい?事故?』



彬くんと楽しい自宅デート中だったわたしに、両親が事故に巻き込まれたとの知らせがもたらされたのである。

わたしと彬くんが家で過ごすと知り、両親がきっと気を遣って少しの間家を空けてくれたのだ。

その両親が、事故に―――――




わたしは彬くんと一緒に、大急ぎで二人が運ばれた病院に駆け付けた。

取るものも取り敢えず、全力で急いだ。

病院前で止まったタクシーから転がり落ちるように飛び出し、支払いは彬くんに任せて、とにかく全身全霊で走って、両親のもとに………



けれど、わたしは―――――間に合わなかった。



『………お父さん?』


ひっそりとした、日曜日の病院で、わたしはただただ呆然として、両親に呼びかけるしかできなかった。



『お母さん………?』


今日はわたしがデートだから、お母さんもお父さんとドライブデートしてくるわね、なんてはしゃいでたのは、ほんの数時間前のことだ。

母はお気に入りだというブラウスを選んで、父は母に似合ってると褒められたらしいポロシャツを着て、二人して上機嫌で、彬くんと入れ替わるようにして玄関を出ていった。

あんなに、元気だったのに。ピンピンしていて、健康そのもので……というより、普通だったのに。

普通の日常が、そこにあったのに。

何も不吉な予感なんかなかったし、なんなら母は今朝の星占いでは一位だった。

なのに、いつもと変わらない日常が、こんなにもあっけなく覆ってしまうの………?



まったく、意味がわからない。


でもわたしの父と母が、真っ白いシーツのベッドに横たえられていて、二人とも、うんともすんとも言わず、いくら呼んでも、二度とわたしに返事をくれることはなかった。

それが現実で、事実だった。




『……お母さん?……お父さん!もうやめてよ。なんでよ、なに寝てるのよ。二人ともいい加減にしてよ。今夜は彬くんも一緒に晩ご飯食べるからって、お母さん、ちらし寿司作るんだって張り切ってたじゃない。お父さんも、彬くんに将棋教える約束してたんでしょ?なにやってんのよ』


ちっとも現実味を感じられてなかったわたしは、横になったまま起きない両親に苛立ちすら覚えて、声を荒げた。

声だけじゃなく、手も出てしまい、その行為が乱暴になってくると、隣にいた彬くんにぎゅっと抱きしめられた。



『千代、わかった……。わかったから………』


耳もとで聞こえた彬くんの制止は、どうにか絞り出したようなか細さで、そして、あきらかな鼻声だった。

なのにわたしは、泣くどころか、父と母の身に起こった出来事を理解しきっていなかったのかもしれない。

もう父とも母とも言葉を交わせないだなんて、この時にはまだ、とてもじゃないけど実感できていなかったのだから。


『お父さんもお母さんも、早く起きなさいよ。何やってんのよ。早く帰るわよ』


『千代……』


『ほら、お母さんってば!早くそのブラウス着替えなきゃ、シワになっちゃうわよ?』


『千代…』


『お父さんも!明日は月曜だから朝から会議があるんでしょ?いつも月曜は早めに出勤してたじゃない。だからさっさと帰って、明日の準備しなきゃ』


『千代』


『―――っ!早く起きなさいってば!二人とも、目を開きなさいよ!無視するんじゃないわよっ!聞いてるの?ねえ、ちゃんとわたしの話し聞いてるの?!』


わたしを抱きしめる彬くんの腕を、ドンドンと拳で叩く。


『お父さんっ!!お母さんっ!!』


絶叫が、お腹の底からの叫びが、部屋中に響き渡る。


『千代!』


『お父さんっ!お母さんっ!ぃいやぁぁぁぁ―――っ!!』



もう言葉すら成さない感情は、咆哮(ほうこう)となって荒れ狂った。



『俺がいる。俺がいるから………!』



彬くんの震える声は、繰り返し繰り返し、ずっと、わたしを抱きしめてくれていた………









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