遠慮がちなノック
タンタン……タン
遠慮が漂うノックは、訪問者の戸惑いを如実に映しているようだった。
上司は扉口に控えているものの、この部屋の主は前崎さんだ。
主の許可なく扉が開かれることはない。
前崎さんは車椅子の上で両手を組、全身を硬くさせながら、
「―――――はい、どうぞ」
と応答した。
それは扉の向こうにもちゃんと届いたようで、ややあって、ゆっくりと動き出した。
カチャ、スス、ス―――――
スムーズな扉の動きを、私は、前崎さんと同じように肩に力が入りきった姿勢で見守っていた。
横開きの扉が滑り、やがて、ノックの主が姿を現していく。
私は、その人物に釘づけになっていた。
この人が、前崎さんご夫婦の息子さん………
少し痩せ型で、カジュアルな服装を身にまとっていて、髪は黒髪。長めだが清潔感がある髪型だ。
年齢は……外見のみで判断するのは難しいけれど、おそらく三十代後半から四十代前半くらいだろうか。上司よりは若く見えた。
そして前崎さんに向けられた慈しみあふれる眼差しは、前崎さんのそれととても似ていた。
感動の再会になるのだと、信じて疑わなかった。
生まれて数日しか一緒にいられなかった我が子と、久々に顔をあわすのだ。
顔も、背の高さも、声も、何もかもを知らないままの自分の子供と、やっと、会えるのだ。
自分達に似てる顔をしてるのか、どれくらい成長したのか、どんな声をしてるのか……その答え合わせが、やっと叶うのだ。
きっと前崎さんは感激して、もしかしたら涙だって流されるかもしれない。
あまり興奮させるのはよくないから、もし限度を超えるようならば私が宥めて……
私は前崎さんの息子さんをじっと見つめながらも、看護師としての意識を働かせていた。
けれど、私の斜め前で緊張感と期待感を惜しみなく放っていた前崎さんからは、考えもよらなかった人物の名前が呼ばれたのだった。
「―――彬くん!!」
「…………え?!」
私は思いもよらな過ぎて、前崎さん以上に驚きの声をあげてしまった。
だが前崎さんの目にはもう私など映っていないようで、扉口を懸命に見つめたまま、気持ちが先走るように車椅子から立ち上がったのだ。
「前崎さん、危ないです」
反射的にその体に腕をまわしたが、前崎さんはそれを遮るように身を捩った。
足取りは力弱いのに、眼差しはこれまでになく猛烈で、その強さに私は怯んでしまいそうになる。
だがその一瞬の迷いが間違いで、前崎さんは数歩進んだところでバランスを前傾に大きく崩してしまったのだった。
「あ、危ない!」
私の叫びと上司が反応したのはほとんど同時で、だけどそれよりも早くに前崎さんに駆け寄ったのは、今目の前に現れたばかりの男の人だった。




