規則
「メディカルチェック?」
そう訊いてきた前崎さんは、興奮が一気に違ったベクトルになってしまい、それは瞬く間に心配色で染まってしまう。
私は慌てて否定しようとするも、すんでのところで上司にその役目を奪われてしまった。
「ご心配は無用です。時間移動にはその能力が有る無しにかかわらず、多少の負担がかかってしまいます。以前もご説明したかと思いますが、時間の移動に関してはたくさんの規則がありまして、メディカルチェックはそのうちのひとつなのです。我々の同僚が様々な時間世界に駐在して管理しておりますので、時間移動を行った人物には移動した先でのメディカルチェックが義務付けられているわけです」
「そうですか、そんな決まりごとが……。でも、そういう細かな指示があると、安心ですね」
前崎さんは好意的に頷いた。
上司の説明は大筋で正しかったが、もし、さっき私が特別室を出た後すぐに上司がそれを行っていたとするならば、メディカルチェックを考慮したとしても少々時間がかかっているようにも思えた。
現に、上司はこうして既にここに戻って来てるのだから。
仕事上で時間を往復した上司はメディカルチェックを免除になり、息子さん一人のメディカルチェックなわけで、それならば、上司がこの部屋を訪問した後十分…長く見積もっても二十分も過ぎれば息子さんのノックが聞こえてもおかしくはないのに。
何かあったのだろうか。
私は、上司の仕事内容は把握しているものの、今夜ここにお連れするはずの前崎さんの息子さんについての情報は、何一つ知らされていなかった。
だから当然、お幾つの姿の息子さんが移動してくるのか、またその時の病歴や体質なども聞いていない。
人によっては、時間移動は相当な負担にもなるので、もしかしたら、前崎さんの息子さんの体調面でケアが必要な事案が発生したのかもしれない。
研究に重要な影響を及ぼす人物であるのだから、例え病気を抱えていようと、年齢が高かろうと、時間移動によって命を落とすことはないだろうとは思うが、時間旅行に突発的なアクシデントは付き物だ。
それならば、あとしばらくは、前崎さんと私と上司、三人の時間が続くのだろうか。
だったら、何か前崎さんの気分がもっと明るくなるような話題を……と、視線だけで見まわすも、やはり行き着くのは窓の向こうの丸い月だった。
「あ、前崎さん、見てください。さっきよりもちょっと高い位置にありますよ、満月」
思わず、口に出していた。
夜空を差す指の方が、後になってしまったくらいだ。
すると前崎さんもアヤセさんもほぼ同時に窓に顔を向け、
「まあ、本当ね。もうこんなに昇っていたのね」
「立派な満月ですね」
それぞれが、それぞれの感想を述べた。
そして会話の主導権がふわりと宙に浮かぶと、前崎さんが思い出したように口を開いた。
「………アヤセさんは、あの夜のことをどこまで覚えてらっしゃいますか?」




