苦笑
「いえそんな、私なんて何も……」
「岸里さん、お礼は素直に頂いたらどうですか?」
恐縮する私に、アヤセさんが声をかけてきた。
いかにも上司らしい助言にも聞こえるが、前崎さんとの会話に参加したかったのかもしれない。
「そうよ?頂いて?」
アヤセさんの加勢を得た前崎さんは冗談めかした言い方をされて、そのおかげで、私は胸がすく気がした。
「では……遠慮なく頂きます」
すると、アヤセさんと私の顔を交互に見ていた前崎さんは、その目を私に固定し、話題を軌道修正してきたのだった。
「それで、岸里さんとアヤセさんは、以前から知り合いだったのよね?さっき岸里さんがアヤセさんのことを『所長』と呼んでたから……」
「はい、その通りです」
私は、今度はハッキリと認めた。
さっきとは異なり、意外なほど心は平生としていた。
今の上司を含めた三人のやり取りに、前崎さんのお優しい人柄を改めて再確認できたせいもあるかもしれない。
例え事実を打ち明けても、前崎さんならありのままに受け入れてくれるはずだと、そんな自信を与えられたようにも思えたからだ。
私は二人には気付かれないように細かな深呼吸をしてから、説明に挑んだ。
「前崎さんが ”アヤセさん” と呼んでいるこちらの方は、私の上司にあたります。私が両親のことをもっと知りたいと思い、転職も辞さない覚悟であると最初に相談した人物でもあります。そして私の赴任先にこの病院を選んだのも、こちらの ”アヤセさん” でした」
そこまでを一息で打ち明けた。
さぞかし前崎さんはびっくりしているだろう……そう決めつけていた私は、恐る恐るその反応を窺った。
ところが前崎さんは、さっき冗談めかして言ったときと何ら表情を変えずに、
「そうだったのね」
と、すんなり事情を呑み込んでしまったのだ。
ありのままを受け入れてくれるだろうとは期待していたが、間髪入れずに、1ミリも疑うことなく理解されるとは想定しておらず、私は心が挙動不審になってしまいそうだった。
「……驚かないんですか?」
「え?ええ。アヤセさんのことを『所長』と呼んでたから、なんとなくそんな気はしていたもの。それじゃあ、もしかしたら岸里さんも、アヤセさんと同じで未来の世界の人なのかしら?」
「―――っ!」
これには、私の方が吃驚してしまった。
まだそこまでの説明をしていないのに、こんなにも簡単に言い当ててしまうなんて……
けれどそう感じたのは私だけだったようで、上司は呆れ顔で私を見てきたのだ。
「そこまでご説明したら、大体推測できると思いますが?」
若干の苦笑いを、上司だけでなく前崎さんまでもが浮かべている。
「そんなことないですよ。まあまあ勘の良い人じゃないと、そこまでは分からないと思いますけど?」
悔し紛れの反論は、むなしく宙に溶けていきそうだ。
私は恥ずかしくて頬が一気に熱くなった。
だがそこは優しい前崎さんのこと、すぐに苦笑いをホットミルクのような微笑みに変えてくれたのだった。




