『彼はロマンチスト』
付き合いはじめたわたし達は、同じ大学に進んだ。
外国語学部と工学部、それぞれ学部は違ったけれど、キャンパスは同じだったので、毎日顔を合わせられて、わたし達は幸せだった。
前崎くんは父親を早くに亡くしていて母親と二人暮らしだったので、大学進学後も実家住まいだった。
そしてわたしも、心配性な両親のおかげで一人暮らしは許されず、実家から大学に通っていた。
正直なところ、彼とわたし、両方が実家暮らしだと、いろいろ不便なことも出てきたけれど、彼曰く、障害を共に乗り越えた二人の絆はより深まるのだそうだ。
彼は、時々、こんな風にロマンチックなセリフを恥ずかしげもなく紡いできた。
おそらく彼の映画好きがそうさせたのだと、わたしは考えていた。
はじめは驚いたし、意外だなとも思ったし、何より照れ臭かったわたしも、もう何年も付き合っているうちに免疫もついてきて、自然と受け入れられるようになっていた。
『彬くんのロマンチストぶりは相変わらず健在だね』
クスクス笑いながら言うと、彼は若干の苦笑いを浮かべた。
『毎回言ってるけど、そんなことないよ。そんな意識もつもりもないし』
『無自覚なところが、また天然ロマンチストよね』
『なんだよそれ。……でもまあ、ロマンチストに関しては、叔父に似たのかもしれないな……』
『叔父さんって、あの、わたしの探し人の件で話を聞いてくれた叔父さん?』
『そうだよ。俺に叔父は一人しかいないからな』
『へえ、あの叔父さんも彬くんみたいにロマンチストなんだ?』
『だと思う。確か、あの時も何かロマンチックなこと言ってた気がするから』
『あの時って?』
『だから、千代の恩人の件で……』
当時のことを思い返していたのか、彼ぼんやりとセリフを濁した。
わたしはそんな回答に少々焦れったくもなり、詳細を催促した。
『なになに?なんて言ってたの?』
自分に関係してることだったら、俄然興味が出てくるのだ。
わたしは食い付き気味に尋ねたのだけれど、前崎くん…彬くんは、はっきりとは覚えてなかったらしい。
『何か言ってたのは覚えてるんだけどなぁ……何だったかな』
『もう!そこは覚えておいてよ!』
多少のクレーム色で訴えると、思わぬ反論に出くわして。
『だって仕方ないだろ?あの時は俺、それどころじゃなかったんだ。ずっと千代のことが気になってて、叔父の話を全部記憶してる余裕なんかなかったんだから』
『え………?』
訊き返したわたしに、彬くんの真剣な眼差しが降ってくる。
『だから、俺は、千代の前だと舞い上がってしまって、叔父の話なんか重要なとこ以外は全部すっ飛んじまってたんだ。つまりそれくらい、千代が好きだった…てこと。もちろん、今はあの頃よりもずっとずっと好きだけど』
決して悪ふざけなんかではないテンションで告げられて、わたしはドキドキが加速して、なんだか感情が熱さで焼けてしまいそうになって……
『もういい!わかったから!わかったから、それ以上は言わないで』
彬くんと何年も付き合ってきて、彼のこういうセリフにも慣れてきたとはいえ、やっぱり気恥ずかしさは拭いきれないのだ。
出会った頃は無口な人だと思ってたのに、まさかこんな風に甘い言葉を嗜む人だったなんて……
高一のわたしが知ったら、きっと、吃驚するに違いない。
昔の自分相手にささやかな優越感を覚えたりして、心には、くすぐったい幸せが満ちてくる。
ああ、彼のことが好きだな……そう思うと、嬉しくて、嬉しくて。
そんな風にして、わたしは、わたし達は、穏やかに、誠実に、温かに、愛情を育てていったのだった。