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私のこと(1)





「まあ、岸里さんのお話?何かしら。ぜひ聞かせてもらいたいわ」


快く応じてくれた前崎さん。

私は、前崎さんならきっとそう返してくれるだろうなと決めつけていたところがあった。

けれどあまりにも素直に歓迎されると、心なしか及び腰になってしまう私もいて。



「あ、でも前崎さんみたいにロマンチックな話じゃないんですけど……」


前崎さんの期待を込めてるような瞳に、私は思わずそんな断りを口にしてしまった。


上司が来るまでの時間潰しになればという容易い意図もあったが、さっき前崎さんからこぼれた ”ひとりぼっち” という言葉に心が動いてしまい、私は、自分のことを話したくなったのだ。

けれど、前崎さんとご主人のロマンチックな恋物語と比べるまでもなく、私の思い出話は大した面白みもない出来事の連続でしかない。

にわかに、躊躇が芽生えてしまった。


それでも前崎さんは、ソーダからホットミルクに戻したいつもの優しい笑顔で

「どんな話でも構わないわ」と言ってくれた。



「聞かせて?岸里さんのお話」


柔らかく促されると、私はそのセリフに背中を押されたような気分になって、ごく自然な感じに言葉を紡ぐことができそうだった。




「本当に……本当に、大した話じゃないんです。でも、なんだか前崎さんには聞いてもらいたくて……。時間潰しにでも聞いてください。

 ――――私の両親は、私が幼い頃からとても多忙で、物心ついたときからほとんど一緒にいた記憶がないんです。二人とも仕事熱心でしたから、経済的には余裕がありました。なので、忙しい両親の代わりに私の世話をする人を雇ってくれていました。そのおかげで特に不便を感じたことはありませんし、要所要所では父親母親の役目を果たしてくれていましたので、両親の愛情を疑ったことはありません」


「岸里さんのことをきちんと気にかけてくださってたのね」


「ええ、その通りです。仕事にかまけて子供に見向きもしない親というわけではありませんでした。私も仕事をしてる父と母をかっこいいと思ってましたから、強がりとかではなく、本当に、仕事漬けの両親に大きな不満はなかったんです。むしろ自慢でした」


「素敵なご家族だわ」


「ありがとうございます。でもそれは、私が恵まれてたおかげなんです。両親は不在でも、世話をしてくれる人や、家の用事をしてくれる人、あとは家庭教師とか、友達、友達のお母さん……そういった人達が、常に周りにいてくれたんです。両親に会えない寂しさはありましたが、ひとりぼっちになる時間はほとんどなかった。そのことが、とても幸運だったと思います。でも……」


「でも……?」


「私は、両親のことをよく知らないまま、大人になってしまったんです」


「まあ………」



前崎さんの少しだけ驚いた感じの声が、私の胸を刺すように響いてきた。

けれどそれ以上の相槌は返ってこなくて。



私は近くのソファに軽く腰かけながら、前崎さんが何か話すための合間をつくってみたけれど、前崎さんからは何も聞こえてこず、なので、車椅子の前崎さん越しに月を見やりながら話を続けることにしたのだった。










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