ロマンチストである必要(1)
「寒くはありませんか?」
まるで月に魂ごと吸いとられてしまうように、一心に夜の空を見上げている前崎さんに、私はカーディガンを掛け直しながら問いかけた。
「平気よ。きっと岸里さんの優しさがわたしを温めてくれてるのね」
月から目を逸らした前崎さんの返事は、やはりロマンチストのそれで、私はつい笑ってしまう。
「あら、なあに?」
少女が友達同士で話すときのような口調で尋ねてくる前崎さん。
私は「いえ…」と、一度は答えを濁してから、やっぱり正直に伝えることにした。
「前崎さんは私にロマンチストかどうかと訊いてこられましたが、前崎さんも立派なロマンチストですよね」
すると前崎さんは「あら、」と小さく声をあげてから、再び月を見つめながら言った。
「いつの間にか、似た者夫婦になってたのかしらね」
嬉しそうに肩を揺らす前崎さんの横顔は、とても綺麗に見えた。
恋してる女性は誰もが綺麗なのだと、そんなことを聞いたこともあるが、それは事実なのだと深く思う。
恋愛に年齢など関係ないし、命の期限なんて、もっと関係ないのだ。
ご主人を今も想う前崎さんに、私の心には軽く感動の波が立ったが……前崎さんのご主人は、もうこの世にはいない。
そんな大切な人に先立たれた前崎さんを思うと、胸が痛んだ。
私だったら、耐えられるだろうか?
大切な人との永遠の別れを、乗り越えられるだろうか……
ところが、しんみりとしてしまった私を揶揄するかのようなタイミングで、前崎さんはクスクスクスと手のひらで口元を隠しながら声をあげて笑い出したのだ。
「何がおかしいんですか?」
「ううん、たいしたことじゃないの。ただ、わたしがロマンチストなら、今夜のお月見はロマンチストの集いみたいだなと思ったの」
「ロマンチストの集い、ですか?」
「だって、岸里さんもロマンチストなんでしょう?」
そう言われて、最初に前崎さんに尋ねられてたことを思い出した。
「そうでしたね」
あれからそんなに経っていないのに、もうすでに懐かしくもあり、少しだけ、切なくもなる。
あの頃に戻れたなら、前崎さんの話をもっとたくさん聞いていられたのに。
「岸里さんよりも前に担当してくれてた看護師さん達にも同じ質問をしていたのだけど、現実的だって答える人が多かったのよ?だからわたし、ロマンチストな人を探していたのよ」
「ご主人のことをお話しされるのに、現実主義の人だと信じてもらいにくいから……でしたっけ?」
確かにあんな話は、リアリストには理解してもらえないだろう。
下手したら、おかしなことを言う変人扱いされかねない。
「あら、覚えててくれたのね。そうなのよ。でもそれもあるんだけど……実は、もうひとつ理由があるの。ひょっとしたら、そちらの方が主な理由だったのかもしれないわね」
「え、そうなんですか?」
私は興味いっぱいに訊き返していた。
もう前崎さんのことなら、何でも教えてもらいたいほどの気持ちでいたのだから。




